明治時代と現在との比較
大山は関東を中心に庶民信仰の拠点として栄え、参拝に訪れる多くの庶民は「大山講」を形成し、集団での大山参詣を行っていた。こうした大山講の参拝客は、定宿である先導師旅館(宿坊)に宿泊し、参拝を行っていた。この先導師旅館数の推移を見ると、明治~昭和~平成とその数は、時代を経て減少傾向にあることが分かる。なおこれら先導師旅館は、別所町、福永町、開山町にその多くが集まっている。