江戸期、大山には関東一円から多くの講中が参拝に訪れた。大山を信仰する講中は、現在の埼玉県辺りにも数多く存在し、夏山祭礼の期間中には江戸の街を越えて遥か伊勢原の地を訪れていたのである。現代のように高い建物が存在せず、空気も澄んでいた江戸期には矢倉沢往還の出発点である赤坂御門や、さらに離れた天領の地である上尾宿辺りから、富士山と並んで小さく見える大山に対し人々はさまざまな想いを募らせていたのかもしれない。
ここでは、当時に思いを馳せ距離を基にさまざまな地域から見える大山の姿を紹介する。富士山とともに遠くに見える大山の姿は今も尚、その頃と変わらず私達の瞳に映るのかもしれない。
また、時間を越える昭和期の貴重な大山を捉えた写真も紹介する。
*本調査結果は、ISEHARA・おもてなし隊(会長 斉藤勢吾氏)の寄贈である





