丹沢・大山 歴史街道ものがたり デジタルアーカイブ

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歴史と文化 ~信仰の山に集う人々の想い~

奈良・平安時代

 大山の開山は、大山寺縁起によれば、奈良時代の天平勝宝7年(755年)、華厳宗の祖 東大寺別当良辨僧正によるものと伝えられている。その後、山頂に祀られた石尊大権現と中腹の大山寺を中心に、真言密教の修験道場として発展した。なお大山寺縁起には、「頂上の石尊大権現(石尊社)を含め雨降山大山寺と号す」と記されている。また10世紀初めの延喜式神名帳には、阿夫利神社が相模国十三の一社として記載されている。

良辨僧正座像/東大寺二月堂

●延喜式神名帳

 醍醐天皇の延喜5年(905年)8月、詔により藤原時平、忠平らが編纂を始め、927年に完成し967年より施行された。延喜式神名帳の巻9、10、12に全国の神社の名前が記載されている。これらの神社は式内社といわれ、相模国では十三の神社が記載された。このように延喜式内社であったことから平安時代には社殿など一定の宗教的組織が整備され、神仏習合による信仰空間が形成されていたと考えられる。なお、この神名帳には、阿夫利神社(アフリノカミ)と記すのみで祭神が明記されておらず、初めは大山を神とする自然神崇拝ではなかったかと推察される。またこの時代の山岳仏教の流行により、大山が相模の山岳修行の中心道場になっていたと考えられる。