丹沢・大山 歴史街道ものがたり デジタルアーカイブ

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歴史と文化 ~信仰の山に集う人々の想い~

御師、先導師

 御師とは、御祈祷師、御祷師の略号と考えられ、他人に代わり祈祷を職業とした者で、当初は仏教家としての呼び方であったが、その後神職に対して用いられるようになる。また師を敬っての呼び方とも考えられる。これが明治時代以降は、先導師と改称された。


注:本稿では、こうした歴史事情に対応し、明治以前は「御師」と、明治以降は「先導師」とする。

 先に述べたように、家康の慶長改革により下山した修験者などが御師となり、大山信仰を各地に広め、そこで講社を結成し、多くの参詣者を大山に呼び入れてきた。なお何らかの事情により、この講中(檀家)の譲渡が御師間で行われたとする記録もみられる。

 新編相模国風土記稿によれば、御師(師職)は166軒を数えたとされ、寛永9年(1797年)の東海道名所図会では、165余(大山150余、蓑毛15)、明治19年には81戸、大正6年には75戸、昭和63年には56戸の先導師数が挙げられる。なお平成22年3月では、先導師旅館数は46戸(内、先導師に加え旅館を営む者41戸、先導師のみの者5戸)である。

 こうした御師(先導師)たちは、檀廻りとして正月や秋などに(年に1回から数回)、お札や土産を持って檀家を廻り歩き、初穂を集め、大山信仰の布教活動を行っていた。なおこの檀廻りのことを廻檀とも呼び、大山への参詣者をこれにより維持していた。また講中が大山の御師の坊に入ることを坊入りと呼び、大山登拝の際は坊に宿泊あるいは休憩し、御師による案内で参拝を行った。