大山・阿夫利の地名と名称
新編相模国風土記稿(江戸時代末 天保年間編)によれば、「一は雨降山と呼び、又阿部利山或は大福山・如意山等の名あり、當國諸山の中、最も高嶺なれば大山と稱せるなり」、「頂上は常に雲霧くややもすれば大に雲起り、忽雨を降す、此雨山中のみにして、他に及ばず、故に土人私雨と稱す。雨降山の名は是に因か」との記述が見られる。
阿夫利の呼び名は、「あふり」を語源とし、アイヌ語説としての「アヌプリ」(偉大なる山の意味)から「あふり」「あぶり」とされたとする説、原始宗教における神の所為である「あらぶる」が転じたとする説など諸説見られる。なお阿夫利については、「阿武利」、「阿部利」といった記述もみられる。
また古くから神体山であった阿夫利山は、農民に水分(みくまり)神のいます所として崇められ、霊水信仰の場でもあった。
注:水分神とは、流水を分配することを司る神