丹沢・大山 歴史街道ものがたり デジタルアーカイブ

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大山道と街並み ~江戸から続く参詣の道~

福永町

福永町

 明治以前には大山寺別当の住む八大坊の下屋敷(翠浪閣と呼ばれた)があった所で、大山・子易・蓑毛地区の年貢米を集めるなど、領内の行政・司法を司る所であったため福永と呼ばれた。町内には大滝、新滝(現在の愛宕滝)があり、前者は禊の大滝と呼ばれ、その石碑が武田旅館脇に置かれ、滝へは幅一間ほどの道(かつては小田原道と呼ばれた)が続く。

 大滝は地形の変化により往時に比べ規模が縮小したとされ、また愛宕滝は一時渇水していたが、現在は再生し落水が見られる。


―「相州大山案内記」より福永町についての記述―

登れば二層の大樓道の両側に聳立す、右なるを「いづや」といひ左なるを「こまや」といふ、共に大山唯一の旅館にして前者は後庭直ちに大山川の清石を掬すべ く、後者は尺前直ちに霊山の翠美を味ふべし。各室宏荘にして清潔、客に對する亦親切懇篤を極む。いづや支店を右に折れて菖蒲橋を過ぎ霞橋を渡り、更に櫻橋を超ゆれば一丁にして社務所に至る。


社務所

登右側なり。此の地は古下屋敷と稱せして大山寺別當の住せしところなり。今の建物はもと翠浪閣と稱しものにして風景頗る絶佳、大山の勝景殆ど此處に盡くとい へり。社司中教正内海景弓氏、社掌権中講義今坂銀次郎氏以下二十五名ありて各々之に執務し一切の社務を扱へり。所中に神道分局、皇典講究所神奈川縣分所を 置き、更に本所出張所を東京九段中坂下に置く。


閼伽の清水

櫻山にありて社務所の後庭より至るべし。古松老柏蓊鬱として修竹の間峻岩苔に寂ふるところ一水の緑壁を溶いて滴るるもの是なり。濠溜して一條の飛泉となり巖を傅うて閣の庭池に落つ。幽趣掬すべし。


大滝

登路より「大瀧道」の石標を左に入ること三丁餘にして至るべし。高さ三丈餘巾一丈二尺、駒ヶ嶽より来る水ここに銀河九天の壮景をなすなり。傍に堂あり、倶利伽羅不動の像を安置す。瀧守は武田水穂氏にして瀧淵坊と稱す。土俗今猶瀧上に大蛇住めりとなせり。


新瀧

高さ二丈二尺、石を畳みて底となし、瀧上左右に倶利伽羅不動の像を置く。傍に愛宕神社あり、故に又愛宕瀧ともいふ。境内松尾神社あり、瀧守を柏崎松五郎氏となす。