丹沢・大山 歴史街道ものがたり デジタルアーカイブ

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大山道と街並み ~江戸から続く参詣の道~

別所町

別所町

 鎌倉時代に真言宗、浄土宗、真宗を中心に念仏結集が盛んになり、町内の観音寺(かつて雨降山本地仏であったものを神仏分離に際し移す)はその拠点であり、念仏別所と呼ばれたためとする。

 町内にある加寿美橋は、かつての参道(旧道)の入り口に位置し、そのほか轡(くつわ)橋(現在の中央橋)、霞橋が鈴川(大山川)に架かる。


―「相州大山案内記」より別所町についての記述―

大山川の清流に沿うて右折すれば左側に町役場あり。


茶湯寺

町役場の傍を左折して峻坂を登るべし。大岌山西岸寺といふ。茶湯寺は以前此の寺の上にありしが明治元年焼失の厄に遭ひて茲に移りしより人其の本名 を呼ばずして茶湯寺といふなり。安置せる釈迦入滅の像は長さ一間二尺余、水戸の海中より獲たるものにて樟なりといふ。近郷の人死者あるときは其の百一日目に此の寺に詣でて茶湯供養をなし、然る後各所の神佛に詣づるを例とす。茶湯寺より起れりと傳ふ。


観音寺

茶湯寺の境内にありて十一面観世音を安置す。雨降山の本地佛として元頂上にありしを神佛分離のときここに移せしもの、いやしくも之を犯すときは明を失うとなし秘して開扉せず。傳へて光明皇后の作なりといふ。


大山小学校

観音寺と垣を隔ててあり。尋常、高等併置にして武静江氏之が校長たり、新任以来徳望を以て鳴り、児童の成績亦甚だ見るべく、縣下有数の良果を示せり。