大山道
大山参りが盛んになるに従がって、その参詣のためのルート、いわゆる"大山道"(「おおやまみち」)が各地に整備された。
●大山史(昭和59年10月)によれば次のような記述がみられる。
「更に各村より大山村に至るの道を研索するに縣下至る所大山道のあらざるなく、 山中田野將た海邊に大山道と記せる石標の実に壘々たるを見るべし。 大小の岐路苟も其一端が大山に達するものは悉く大山道と名づく。 其岐路に至って人の迷ふ所には必ず大山道の石標を設立せり。」
また相模大山街道(昭和62年3月 大山阿夫利神社発行)によれば、大山への道は、大山を中心に放射状に広がり、 それらは江戸からの道、甲州からの道、武蔵からの道などに大きく分けられるとしている。この中で最も主要なルートは、 大山参りの「一の鳥居」のある田村通大山道(詳細は後述)とされ、藤沢の四ツ谷には大山石尊の前不動が置かれている。
このほか海上からの参詣もあり、金沢と房総を結ぶ通航ルートは、海からの参詣コースとして知られ、これらを含めて 考えれば大山に向かう道は実に多様であり、また参詣のための道が各地に形成されていたことがわかる。
また、平成19年から21年にかけて伊勢原市教育委員会が行った「再発見大山道調査」では、大山道道標を含め111基の道標が確認されたとしている。道標に刻まれた地名を見ると、「大山」以外で多い地名としては、「日向」、「伊勢原」、「厚木」、「戸田」、「飯山」、「荻野」、「金目」、「田村」、 「平塚」、「十日市場」、「大礒」等が挙げられるとする。 このうち『大山』あるいは『大山道』と彫られた道標が39基確認されている。これら道標の素材には日向石(七沢石)が多く使われ、 一部に伊豆石が使用されていたとする。






