神奈川県立の図書館

『日本の動物絵画史』 金子信久 著

公開

『日本の動物絵画史』書影「昆虫物語みなしごハッチ」を見てから蚊をたたけなくなり、「ごんぎつね」を読んで一生消えそうにない悲しみを心に刻み、また「ど根性ガエル」が楽しい物語で大好きだったと言う、子どもの頃から動物愛が溢れ過ぎる著者が、「心」と「造形」の視点から書いた日本動物絵画の歴史書です。

動物を描いた有名な国宝と言えば「鳥獣人物戯画」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。そこに描かれる擬人化した動物たちは可愛らしく、絵の動きだけで会話が想像できそうな楽しい作品です。今回著者は新しい視点で「これほど完成度の高い動物の描写は、何もないところから生まれたのか」と疑問を投げかけ、奈良時代に発見された墨書土器の猿など、動物の絵の「落書き」の例を挙げ、既に手本となる動物絵画があったのではないかと推測しています。さらに近年の調査で、全巻を通じて、上質な紙ではなく漉きなおした紙が使用されていたと分かり、保存が目的の絵巻ではなく、もしかしたらサラッと気楽に描いただけなのかもしれないと考察しています。

本書には下手なのか上手いのか悩む作品も登場します。将軍徳川家光が独特なスタイルで描く、真っ黒すぎる目の兎と耳の長い木兎の絵は、強烈なインパクトを与えています。自分のイメージで実物に迫ろうとし、自分の描きたいように描いた「家光リアリズム」。その背景には、常識的な物差しを疑う、禅宗の思想があるのではないかと考えられています。
ゆるくてかわいい作風の代表とも言える、中村芳中の鹿の絵も負けていません。実物に縛られず、思い切り自由に描かれた鹿は、著者も思わず「この描き方はどうしたことか...。」と書いてしまうほど。鹿の表情は口をぽかんと開け、点のような目、素人が描いたのではないかと勘違いしそうなくらいです。ただ不思議なことに、家光の絵も、芳中の絵もずっと見ていると味のあるユーモラスな姿に心を掴まれる作品になっています。気になった方は、一度見ていただければと思います。

他にも円山応挙、長沢蘆雪の子犬はコロコロしていて愛らしい表情が描かれており、また、仙厓義梵の禅画は、子犬が杭に繋がれ、綱は首ではなくなぜか胴体に結ばれています。禅画なので禅の教えが描かれていると思いますが、何よりしょんぼり見える表情は、何とも言えない切ない気持ちにさせられます。
前に触れた芳中の作品にも子犬が描かれた作品があります。著者の書籍『子犬の絵画史 たのしい日本美術』に作品が掲載されていますので、全く描写の違う子犬を見比べて楽しむのも良いかもしれません。本書には、まだまだ紹介しきれない魅力的な作品が多数登場します。フルカラーなので、古代から近代までの歴史を辿りながら作品を眺めるだけでも楽しい1冊になっています。


(県立図書館:山雲)


『日本の動物絵画史 NHK出版新書713』 金子信久/著 NHK出版 2024年
請求記号:721.02/216 資料コード:23536758 OPAC(所蔵検索)


『子犬の絵画史 たのしい日本美術』 金子信久/著 講談社 2022年
請求記号:721.02/210 資料コード:23388929 OPAC(所蔵検索)