戦後思想史の巨人と呼ばれる吉本隆明の長女・ハルノ宵子によるエッセイです。
父・隆明と俳人の母・吉本和子のことを中心に家族について、父を取り巻く関係者について、エピソードを赤裸々に綴っています。タイトルと表紙にある頭を抱え何か考え込んでいる隆明のイラストが、何かほのぼのした家族エッセイというわけではなさそうだと予感させます。『吉本隆明全集』の月報に掲載されていたものに、隆明の小説家の次女・吉本ばななとの姉妹対談なども加わっています。
「'96夏・狂想曲」では、隆明が西伊豆で溺れた出来事を詳細に知ることができます。
三十年近く前のことになりますが、テレビのニュースや新聞で報道されたことを覚えていらっしゃる方も少なくないのではないでしょうか。
いつもの海水浴場で、突如、隆明が溺れ救急車で病院に運ばれたことを知らされます。一命をとりとめ、翌日には意識を取り戻したのですが、母が父・隆明にかけた第一声が「カッパの川流れね!」だったのには、容赦ない夫婦だと思ったと記しています。
心配して見舞いに来るさばききれない程の読者、吉本ファンへは、ありがたいと思いながらも、ドタバタしているこちらのことを思う想像力と距離感があればよかったと嘆いています。
しかし、この出来事が大きな教訓となり、後に隆明が亡くなったとき、吉本ファンなどへの対応をうまくやり過ごせたと振り返ります。
父母と住み、先に父を、そして母を見送った筆者は「ボケるんです!」のエピソードで、介護の様子を記しています。
母は結構キツい人だったがボケるに従ってかなり角が取れてきて最後まで一応会話が成立し理想的なボケ方だったのに対し、父は他人から見たら最後まで一見マトモだったけれども、実はそうではなかったことが銀行の逸話でわかります。
その逸話は、姉妹と同年代である私には胸に迫るものがありました。詳細は記しませんが、「忘却ってスバらしいね!と妹と語り合った。」とあり、湿っぽくならないのが、さすが吉本家です。
どのエッセイも、それぞれに才能のある家族による想像を超えた独特の家族像が見えます。
タイトル『隆明だもの』をなぜ付けたか本書では説明していません。しかし、父・隆明だもの、こんなことあり、あんなことあり、と長女の視点から偉大な思想家の意外な日常を披露するのに最適だと思いました。
著者はそのあとがきで、父の仕事と生き方に賛辞を送り、感謝と尊敬を表しています。愛情があるからこそ、ここまで率直に書ける。皆さまも是非お読みください。
『隆明だもの Ryumei damono』 ハルノ宵子著 晶文社 2023年
請求記号:910.26/4358 資料コード:23536428 OPAC(所蔵検索)
月報のある『吉本隆明全集』の第1巻はこちらからどうぞ。
『吉本隆明全集 1(1941-1948)』 吉本隆明 晶文社 2016年
請求記号:081.6/179/1 資料コード:22879449 OPAC(所蔵検索)
(県立図書館:マカロンロン)