写真家、星野道夫の随筆「アラスカとの出会い」は、2002年から20年以上にわたり中学3年の国語の教科書に掲載されています。
古本屋で出会った写真集をきっかけにアラスカに惹かれ、19歳の星野青年は特に心惹かれた写真の村シシュマレフ村に3ヶ月滞在することになります。
この時の体験が原点となり、写真家になってアラスカに戻り、ついにその土地に根を下ろすことになります。そして、きっかけとなった写真を撮った人物に会うことができ...といった内容です。
大事な進路選択を控えた15歳に、将来について考えるきっかけを与えてくれる素敵な作品です。
中学時代、光村図書の教科書で勉強した方は覚えているかもしれませんね。
この「アラスカとの出会い」が収められている随筆集が『旅をする木』です。
全体は3つの章で構成されているのですが、「I」は、「今、~です。」といった近況報告のような内容で、最後に日付も入っていて、本当に筆者から届いた手紙を読んでいるような気持ちになります。
そこに綴られるアラスカの季節の移ろい、大自然の中のザトウクジラやゴマフアザラシ、ムースの親仔、カリブーの群れ。こんなところで生活したら、自分のちっぽけな悩みなんかばかばかしくなってしまうだろうなと思ってしまします。(実際に生活するとなったら本当に厳しい土地でしょうが...)
「II」と「III」では、アラスカでの生活とともに、16歳で単身アメリカに渡った時のことや親友の死など、過去の事柄も語られます。
19歳でのアラスカ行きもそうですが、その行動力と意志の強さには驚かされます。
アラスカの生活で印象的なことは、そこで暮らす人々との関わりです。アラスカの先住民や白人など、多くの人々との交流が語られます。
敬意をもって多様な文化を受け入れ、真摯に生きる筆者は、だれからも「ミチオ」「ミチオ」と愛されています。
読者もその温かい人柄と穏やかな語り口に惹かれ、ページを繰っていきます。
本のタイトルである『旅をする木』は、筆者の愛読書、アラスカの動物学の古典『Animals of the North』(邦訳:極北の動物誌 ウィリアム・プルーイット著)に出てくる言葉です。
鳥がついばみ落としたトウヒの種子が森で大木に成長し、やがて森を侵食する川に流されてツンドラ地帯の海岸に流れ着く...と、筆者は内容を紹介します。さらに、「一本のトウヒの木の果てしない旅は、原野の家の薪ストーブの中で終わるのだが、燃え尽きた大気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅も始まってゆく。」と、続けます。(『旅をする木』p.278より)
『旅をする木』のあとがきの日付は1995年7月。その翌年の8月、筆者は鮭の撮影で訪れていたカムチャツカでヒグマに襲われ亡くなります。
ショッキングな出来事ではありますが、極北の自然を愛しその中に身を置き生きてきた、彼らしい最後という気もします。
彼もまたトウヒのように新たな旅を続けているかもしれません。
『旅をする木』(大活字本シリーズ) 星野道夫著 埼玉福祉会 2019年
請求記号:295.39/14 資料コード:23200892 OPAC(所蔵検索)
『星野道夫著作集3』 星野道夫著 新潮社 2003年
請求記号:081.6/154/3a 資料コード:22930101 OPAC(所蔵検索)
参照
『極北の動物誌 Animals of the North』ウィリアム・プルーイット著 新潮社 2002年
請求記号:482.53LL/2 資料番号:21512561 OPAC(所蔵検索)
(県立図書館:旅するウォンバット)