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『白い牙』書影

「読んで聞かせてもらう」から「自分で読む」 へ

子供のころ、母がよく本の読み聞かせをしてくれました。夜寝る前の習慣はとても楽しみで、今でも良い思い出です。自分で活字の多い本を読むのが苦手だった私は読み聞かせをねだるばかりで、母には長いこと負担をかけてしまいました。そんな私が初めて自分で最後まで読んだのが、児童文学全集の中の『白い牙』というお話でした。

物語は、ゴールドラッシュに沸くアメリカの冬の荒野から始まります。

大きな棺を6頭立ての犬橇(いぬぞり)で運ぶ2人の男たち。遠くで幽かに聞こえていた狼の遠吠えが大きく響き、狼の群れに狙われていることを知ってから、恐怖の日々が始まります。食事のたびに犬の餌が1匹分だけ足りなくなり、夜明けと共に犬が1匹ずついなくなっていくのです。なぜ、犬たちは騒ぎもしないのか?

その原因は、狼の群れの中で1匹だけ、狼と犬を親に持つ赤毛の雌狼でした。人間や火を恐れず大胆に餌を盗み、犬をおびき寄せては狼たちの餌食にしていたのです。

この赤毛の雌狼を母に、老獪(ろうかい)な片目の灰色狼を父に生まれた5匹の子狼たち。

過酷な自然環境の中、兄弟姉妹で生き延びることができたのは、唯一父親の毛色を受け継いだオスの子狼だけでした。子狼は母狼を介して人間社会を知り、「ホワイト・ファング(白い牙)」の名前を得ます。

身の内に野生を多く残しつつ生きる術を学び、自ら人間に飼われる道を選びます。出会いと別れを繰り返す中で、理不尽と暴力に晒されて命が尽きる寸前まで追い詰められ人間不信に陥ったホワイト・ファングは、ある男性に命を救われ幸せを掴み取っていきます。

冒頭の第1部は、これだけで完成された短編小説のようです。犬橇を率いる男たちが次第に追いつめられていく様子は、ホラー映画に通じるものがあります。ハラハラドキドキが止まらず、続きが気になるあまり布団の中に懐中電灯を持ち込み怒られたこともありました。正直、寝る前に読み聞かせるには適さない本なのでは?と思います。

現代の人と犬の関係からは考えられないような環境や、暴力表現が頻出することなどから、読み進めることを苦痛に感じたり、子供に読ませたくないと思う方がいらっしゃるかもしれません。

私の場合は、この本を通して小さな命を大切にしたいと思うようになり、続きを読んでもらうのが待ちきれなくて、「自分で読みたい」という気持ちを芽吹かせることにも繋がりました。そして、『シートン動物記』や椋鳩十などの動物に関する作品を経て、『バスカヴィル家の犬』から推理小説のジャンルに枝が伸び、更にSFやファンタジー小説へと枝葉が増えて、気づいた時にはすっかり「読書好きな子供」に育っていたのです。

人にはそれぞれ心に響く「初めて読んだ本」があり、そんな本は年を経てから読んでも、懐かしい気持ちで楽しむことができるのではないでしょうか。
私にそんな機会を与えてくれた母への感謝と共に、かつての私のように読み聞かせから卒業したくない子供達が、「続きを待ってなんかいられない!」と思える本に出会えることを願っています。

『白い牙 光文社古典新訳文庫』 ジャック・ロンドン/著 光文社 2009年

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(県立図書館:今は猫が好き)