私のストレス発散法のひとつは20年来の舞台観劇です。きっかけは今で言う「推し」の生の舞台が観たかったから。
でも私を元気にさせる観劇の高揚感は、舞台上の彼の活躍だけでないことに気付いたのは、しばらくたってからでした。
それは...そうです、劇場です。唯一無二の劇場の存在です。お気に入りの劇場は、ふわふわの葡萄色の絨毯、キラキラのステンドグラス、豪華な緞帳、ゆったりと包まれるようにわが身が沈むイス。
劇場空間の非日常感に嬉々とするそんな私が手にしたのは、『劇場建築とイス 客席から見た小宇宙 1911-2018』です。
この本は、日本で初めて公共施設家具の製作を手がけた企業が、100周年事業の一環で社内に蓄積された記録写真や資料をアーカイブ化するなかで生まれたものです。「記念すべき最初の製品は、関東大震災直後の1923年に、フランク・ロイド・ライト設計による帝国ホテルの演芸場に納めた客席」、「翌1924年に帝国劇場(設計・横河民輔)のために1,700席を製作。これが100年にわたる劇場イス製作の始まり」となったそうです。
本書の魅力は、なんといっても紙面の美しさとボリュームです。1911年竣工の帝国劇場から2018年に竣工された事例まで、日本の劇場・ホール57件を取り上げ、竣工別に4つの時代に分けて掲載されています。
その多くは、客席イスの納品時に記録として撮影されたものだそうで、「結果的に、地域や種類、設計・施工者の枠を超えて、日本の劇場建築における歴史的変遷や、新しいデザイン潮流を俯瞰する貴重な資料となっています。」
前川國男によるモダニズム建築の傑作として知られる東京文化会館、ヨーロッパのオペラ劇場を連想させる愛知県芸術劇場、多面舞台を備えた大型のホールである札幌文化芸術劇場...。
ページを捲ると、全国に散らばる劇場・ホールが次々に、これでもかと言わんばかりに目に飛び込んできます。
また、建築データや、建築に至った背景や設計者のこだわりなどの説明に加えて、各々の劇場に合わせて制作された劇場イスについても細かく記載されています。
建設時に10数種の試作品を持ち込み、映画「ローマの休日」を観ながら座り心地を実験したエピソードを持つ特注品(浜離宮明日ホール)、コンサートホールとしては初めて採用された空調イス(みなとみらいホール)、伝統的な木綿の縞織物「川越唐桟」をイメージした縞織物を張地にし、背もたれに人体に沿った三次元局面のクッションを付けたオリジナル設計(ウェスタ川越)など。劇場・ホールの調査研究にも貴重な資料と言えるでしょう。
近年、1960年から1970年代に建てられた劇場・ホール等の老朽化による建て替えや改修が多く報じられています。残念ながら本書にある国立劇場は2023年10月末に閉場、帝国劇場も帝劇ビルの建て替えや再開発により2025 年を目途に一時閉館する予定とのこと。
時代の流れとはいえ、これらの魅力的な「小宇宙」ができるだけ長く存在すること、たとえ建て替えられたとしても、関わった人々の思いが引き継がれることを願わずにはいられません。
日本全国に存在する57もの劇場やホールは2つと同じものがなく、それぞれが個性にあふれ、いかに荘厳で芸術的なものであるということを再認識させられる1冊。こんなドキドキワクワクする本を1度手に取ってみてはいかがでしょう。
『劇場建築とイス 客席から見た小宇宙1911-2018』 コトブキシーティング・アーカイブ 企画・監修 ブックエンド 2019年
資料コード:81733339 請求記号:526.77/16 OPAC(所蔵検索)
(県立川崎図書館:カーテンコールは3回が丁度いい)