子どものころは、海外の文学作品を日本語で読んでいることに特に疑問は感じていませんでしたが、その後、英語の授業で苦労をして以来、誰が翻訳してくれたのか、ありがたくその名前を確認するようになりました。
図書館司書として働くようになってからは、翻訳者が信頼に足る実績を持つ人物かを確認するようになり、より翻訳という仕事に興味を惹かれるようになっていきました。
そんな翻訳家が、翻訳する本とどのように出会っているのか、原著者とは親しくやり取りをしているのか、などなど、秘密の世界の一端を見せてくれているのが、この本です。
著者の金原瑞人氏は翻訳家であり、当館にも100冊近い翻訳書を所蔵している方です。
映画にもなった『わたしはマララ 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女』(マララ・ユスフザイ/著 クリスティーナ・ラム/著, 学研パブリッシング, 2013年)の翻訳者といえば、「読んだことがある!」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
近年の翻訳書では『唐突ながら ウディ・アレン自伝』(ウディ・アレン/著, 河出書房新社, 2022年)、『彼女の思い出/逆さまの森』(J.D.サリンジャー/著, 新潮社, 2022年)などを所蔵していますが、やはり金原氏といえば「ヤングアダルト(YA)向け」の本を数多く翻訳しているという印象があります。
「ヤングアダルト向け」の本とは、中高生から大学生くらいまでの10代後半の人向けの本のことです。この部門に関して金原氏は、翻訳のみならず、ブックガイドも監修されています。
ヤングアダルト向けの本といっても、はるか昔にヤングではなくなったアダルトにも読み応えのある作品であることは、この本の第一章にある「そもそも、YAとは『問題小説』であった!」を読んで納得しました。そして、未訳のものをぜひ翻訳していただきたいと思った次第です。
この本のおすすめポイントは、大学教授でもある金原氏の「講義の合間の楽しい余談」といったような、知的好奇心を満足させてくれる面白さにあります。例えば第二章にある「『首』の物語」では、日本の文楽や歌舞伎と英語圏での「首」の扱われ方が列挙されており、物語の系譜として比較する面白さに、学生だったら卒業論文のテーマにできると脳が興奮する感覚が!
そしてもう一つは、語学に自信がない人にとって希望となる金原氏の言葉です。「ろくに英語はしゃべれず、聞き取ることもできません。」というのは、いやいや「しゃべる」のレベルが違うのではと思いましたが、「世界のコミュニケーションは、『話す・聞く』の時代から『書く・読む』の時代にシフトしてしまい、この傾向はさらに強くなってきている。」「英会話がまったくできなくても、英語が読めれば、じつに有意義で楽しい時間を過ごすことができるのだ。」という言葉には、励まされました。しかしながら、「どんなにおもしろく読んでも残念なことに自分では訳せないこともあるのです」と言われると、それはどんな感覚なのかと混乱。
「その本を訳す言葉が自分のなかにない!」という表現に、翻訳するためには、母語の世界を豊かにしておかなくてはならないという翻訳者の条件を見せられたようでした。この本を読んだことで、ますます翻訳書選びは楽しくなりそうです。
『サリンジャーに、マティーニを教わった』 金原 端人著 潮出版社 2015年
資料コード:23037385 請求記号 914.6/1427 OPAC(所蔵検索)
(県立図書館:ヘミングウェイに、モヒートを教わった)