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左から伊藤達矢さん、幅允孝さん

2023年2月24日(金)、第4回「after5ゼミ」が開催されました。

今回は、有限会社BACH代表のブックディレクター、幅允孝さんにお話を伺いました。

幅さんは神奈川県教育委員会の顧問としても、県立図書館の空間演出などに携わっていただいています。

ファシリテーターの伊藤さんとの対話や、ゼミ生との意見交換を交えて進行しました。

(写真左から、伊藤達矢さん、幅允孝さん)

幅さん

「こんにちは。ブックディレクターという職業で、主に図書館や本屋を作る仕事をしています。

最近では、建築家の安藤忠雄さんが設計した『こども本の森 中之島』の中身を作る仕事をしました。図書館のコンセプトを考え、本を選んで、配架や家具計画、サイン計画やソーシャルメディアも含めた館のコミュニケーション全体を考えるという仕事は、自分が会社を始めた2005年にはありませんでした。今日はどのように自分の仕事を作ったかお話したいと思います。

実を言うと私は働きたくありませんでした。働くことは自由を奪われることだと勘違いしていたので、バイトで貯めたお金を握りしめて"幅的お祭りを巡るツアー"に出発しました。大学を卒業した21歳の頃です。

まずはカナダにあるカールトン大学のショートプログラムに参加して英語を学びました。大好きなカエターノ・ヴェローゾのライブに行ったり、ヘルシンキのアルヴァ・アアルトが手掛けた本屋に行ったり、自分がどうしても見て感じたかった場所を訪ねる気ままな旅を続けていました。

しかし、フィンランドで交通事故に遭い、8ヶ月の旅は強制終了することになりました。帰国して初めて就職活動の厳しさに気付きますが、有難いことに経験不問の青山ブックセンターに就職することが出来ました。人間なんとかなるものです。

旅行は無駄足だと思われるかもしれませんが、自分の足で出向き実感を得たものを、自分の言葉で語れるようになれた事は重要な体験でした。好きなものと自身の距離が測れるようになったのです。

就職した直後の2000年頃、Amazonの日本法人が設立され日本でのサービスを開始します。当時はメール送信にも時間がかかっていたので脅威視はしていませんでしたが、回線の拡大に従って驚くほど店の売上げが減っていきました。お客さんが本を手に取り、気に入った本をレジに並んで購入するまでには幾重にも奇跡が重なっていると実感しました。

売上げの減少よりもストレスだったのは来店者数が減ったことでした。本は著者以外の他者が手に取って初めて本たり得るもので、他者の目に晒されなければ意味をなさないと思っています。本屋に人が来てくれないのなら、人がいる場所に本を持っていく必要があるのではないかと考え始めました。

私が今この仕事をしているのは、"人はなかなか本を好きになってくれない"というディスコミュニケーションからスタートしています。

丁寧な差し出し方を心掛けなければ、本への興味は喚起されないと思っています。

本屋で働きながら書評を書く仕事を始め、様々な媒体から仕事が入るようになった頃に出会ったのが石川次郎さんです。

石川さんはマガジンハウスの創業者のひとりで、『POPEYE』などを創刊した編集者です。彼は旅行会社に勤めていた経験を生かして海外取材の記事を作っていました。旅の話で盛り上がったことがきっかけとなり、本屋を辞職して彼の会社に入社することになりました。

そこで最初に携わったのが、六本木の蔦屋書店の仕事です。店舗の選書を担当し、売り上げは好調でした。多くのパブリシティもあって選書の依頼が入るようになり、これが仕事になるかもしれないと2005年、29歳の時にBACHを立ち上げます。

仕事の根源は、お金を払った人が気持ち良く、もらった人が気持ち悪くないやりとりだと思っています。バスケットボールのピボットの様に、"本"という軸足は動かさず、もう一方の足が動く範囲で出来る事業を考えています。

2009年、初めて病院ライブラリーを担当しました。脳卒中の患者さんがリハビリを行う病院でしたが、そもそも本がリハビリに良いのかも分かりませんでした。実際に本を持ち込み、患者さん達にインタビューしながら選書をしました。

患者さんにとって、病気やリハビリについて書かれた本はテンションが下がることを知り、パラパラ漫画などの手を動かす本や青春時代を思い出すような本を選びました。受け手側が自由に用途を選べるのも本の良いところです。

現在、京都で『鈍考』という喫茶兼私設図書室のプロジェクトを進めています。

WEB予約制90分間珈琲1杯付きの図書室では、任意で携帯電話を預けられるスペースを設けています。時間をかけて抽出した珈琲を飲み、読書に集中する時間を過ごしてもらうことが狙いです。

携帯電話の集中を削ぐ力はとてつもなく、自分で選んでいるようで選べていない情報が押し寄せてきます。テクノロジーのメリットは認めつつ、心の余白のためにはある程度突き放す必要性があるとも考えています。

『鈍考』のシステムを考えたきっかけは『こども本の森 中之島』でした。この図書館はオープンがコロナ禍と重なり、90分間の予約制でスタートしました。当初は時間制限を残念に思っていましたが、時間をフレーミングする事で利用者が集中して図書館を使う回路が出来上がりました。

多くの人が本に向かう光景はとても勇気づけられます。これは読書が日常の行為ではなくなっている事を意味しているかもしれません。残念ながら。

神奈川県立図書館3階にあるザ・リーディングラウンジは、毛足の長い絨毯を敷いています。座面を低くして毛足の長い絨毯にすることで滞留時間が長くなります。『本を読め!』と主張するのではなく、気が付いたら時が経っているような、気持ちの良い誘発を促すことが自分の仕事だと思っています。

日本で1番本が売れた1996年頃は、床材まで考える必要はありませんでした。本が人々に届きにくい今、周辺環境も工夫する必要があります。

コロナ禍に、改めて本の良い部分について考える時間がありました。

『出典が明記され、推敲を経ているため根拠がしっかりしていること』『書き直しが出来ないこと』『接する時間を自分でコントロール出来ること』の3点です。本は古いメディアだと思われがちですが、先人に学ぶことは多くあります。これからも"未来のための過去"である本に携わって仕事をしていきたいと思っています。」

伊藤さん

「本という代えがたい価値にスポットライトを当てるお話でした。本が並んでいるだけでワクワクする気持ちはいつまでもありますね。」

幅さん

「『こども本の森 中之島』では、本に包まれる荘厳さを体感するために壁一面に本を配架したい建築家と、手に取れるところに配架したい私でかなり話し合いました。折中案で複本を購入して対応しました。一概に"手に取れない本はけしからん"で終わらせず、落しどころを探す過程も大切だと思います。」

ここからゼミ生に3、4名一組になってもらい、幅さんの話を聞いて気付いたこと、伝えたいことなどを話し合い、発言してもらいました。

【名言集みたいなお話でした。私が軸足にしたい仕事は希望の報酬がもらえません。どのように交渉していますか。】

幅さん

「私の場合は必ず見積もりを取り、見合わなければ受けません。仕事の意味と価値が時給であり、自分の時給は自分にしか上げられません。私も最初は"なぜ本代だけでなく選書代までかかるのか"と散々言われましたが、選書の価値を説得し続けました。

中には金額が見合わないけれど関わる価値がある仕事もあります。報酬が高くクオリティが求められる仕事と、報酬は見合わなくても有意義な仕事と、どちらにも携わっていることが自分にとって健やかな状態です。」

【病院で患者さんにインタビューをしたというお話がありました。どの位の範囲の方にインタビューしたのでしょうか。】

幅さん

「範囲は患者さんとそのご家族、担当するお医者さんの20名位でした。

現在取り組んでいる新潟県の図書館では、保育園から70代まで100人近く聞き取りをしました。アンケートの場合、『作家の○○が好き』と書かれていたとすると、その方の著書を購入して終わりですが、インタビューの場合は提案と対話が出来ます。選書には正解がない分、少なくとも目の前の人には響いたという喜びを積み重ねていく事が大切だと思います。」

【幅さんが本を届ける中で、読書が苦手な人にどう対応しているか知りたいです。】

幅さん

「私は本を手に取るまでの設計はしても、読み方までは想定していません。"ここで泣いてください"という案内ほど気持ち悪いものはありません。どんな読み方をしても、その人の中に刺さって抜けない何かが残り、日々のちょっとした駆動力になればそれで良いと思います。しかし、斜め読みや飛ばし読みを続けると本を読む筋力は確実に衰えます。」

伊藤さん

「これからも幅さんのご意見も取り入れながら図書館が育っていくことを期待しています。

『仕事』とは、ニーズや顧客を探り、世の中で回るよう自分の外側に組み立てるものだと考えがちです。しかし、ご登壇いただいた講師の皆さんの『仕事』は、"自分の内側にある声"から始まっているという共通点があったように思います。自分が望んでいることの先に人や場所と繋がる水脈があり、そこから価値ある仕事になっていくのだと感じました。ありがとうございました。」

第一期after5ゼミは終了いたしましたが、ご登壇いただいた講師の皆様、ファシリテーターの伊藤さん、ゼミ生の皆様のお力で、有意義な時間を共有することができました。改めて御礼申し上げます。

幅允孝さん著書
『差し出し方の教室』弘文堂 2023年

請求記号:019.2/185 資料コード:23442346 OPAC(所蔵検索)

『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』晶文社 2014年
請求記号:019.9/123 資料コード:23408297 OPAC(所蔵検索)

共著
『ローカルメディアの仕事術 人と地域をつなぐ8つのメソッド』影山裕樹/編著 学芸出版社 2018年

請求記号:361.45/430 資料コード:23368400 OPAC(所蔵検索)

『本は、これから 岩波新書 新赤版1280』池澤夏樹/編 岩波書店 2010年
請求記号:020.4/181 資料コード:22464549 OPAC(所蔵検索)

(県立:イベント担当者)