2023年1月27日(金)、第3回「after5ゼミ」が開催されました。
今回は神奈川県三浦市で唯一の出版社「アタシ社」を運営されているミネシンゴさん、三根かよこさんご夫妻にお話していただきました。
ファシリテーターの伊藤さんとの対話や、ゼミ生との意見交換を交えて進行しました。
(写真左から、ミネシンゴさん、三根かよこさん、伊藤達矢さん)
これまでの活動について
最初にお二人の略歴について触れ、アタシ社を立ち上げるまでのお話を伺いました。
ミネ シンゴさん
・1984年 神奈川県横浜市旭区生まれ。美容専門学校を卒業後美容師として従事。
・美容専門出版社の編集者となる。かよこさんと出会う。
・リクルートに入社し「ホットペッパービューティー」の企画営業に従事。
三根かよこさん
・1986年 千葉県生まれ。幼少期をカナダで過ごす。
・帰国後、トリマーの専門学校卒業後、リクルートに入社し「ゼクシィ」の制作に従事。
・ポータブルスキルを磨くため在職中に桑沢デザイン研究所に入学、卒業。
ミネシンゴさん(以下シンゴさん)
「リクルート在職中に、かよこさんと作った自費出版本『髪とアタシ』がひとつのターニングポイントになりました。CAMPFIREというクラウドファンディングで資金調達を行い、東京中の書店に飛び込み営業をして置いてもらいました。この本が売れたことで、自分達で本を作る楽しみを実感しました。リクルートは期限付の雇用だったため、版元として出版に携わる方法を考え始めました。」
三根かよこさん(以下かよこさん)
「私も本を作りたい気持ちがありましたが、出版社に面接に行く、その過程を想像するだけで気が遠くなってしまいました。出版社に入社することを目指すよりも、自分が出版社をつくるという発想に切り替えました。」
アタシ社について
・2015年頃からアタシ社として活動を開始。2017年に三浦市へ転入
・事業の三大柱 「出版・編集・デザイン事業」「美容室事業」「三崎を中心とした町づくり事業」
・事業例
『三崎港蔵書室 本と屯(たむろ)』
三崎に転居するきっかけになった最初の物件。元船具店だった古民家を借り、1階でブックカフェ、2階で『花暮美容室』を運営。
『gooone』
三崎の観光WEBマガジン。自分達の追い風になってくれた町に編集の力を還元したいという思いから、助成金などに頼らずにボランティアで制作。
『雑貨屋ハプニング』 取材先で出会った逸品や、自分達でセレクトした品物を販売しているお店。
『本と美容室』 2022年真鶴にオープン。
『ねこがたいやきたべちゃった』 横須賀にオープン予定。出版とおやつを組み合わせた事業。
個として生きるとは 実践してみた4つの切り口
かよこさん
「コロナ以前から、良い大学を出て、良い企業に就職し、結婚したら次は出産、マイホーム云々というロールモデルとは異なる、様々なルートが出てきていると感じています。私は、自分がなにものにも代えがたいオリジナルな存在であることに焦がれています。
『個として生きる』とは、一部の才能がある人や有名人だけが許される在り方ではなく、全ての人に共有している問いだと思います。
アタシ社では、 わたし=公の社会的存在、アタシ=何者でもない絶対的存在と「私」を使い分けて、考えています。例えば、"30代女性"など属性で指し示せる私と、指し示せない『このアタシ』がある。わたしではなく、アタシはどうしたいか? を、常に意識しています。
アタシ社は、小さな自己表現から端を発して、様々なルートを模索した我々夫婦のRPGゲームのようなものです。実践してみた4つの切り口をお伝えします。」
1 住み開き
住居や事務室の一部を開放してセミパブリック化させる活動は、震災によるコミュニティの分断が問題になった際に広まりました。この活動に興味が沸き、自宅を拠点にして『食の学びの場』をテーマにしたイベントなどを実験的に開催しました。自宅を開放することに抵抗ある方もいらっしゃるかもしれませんが、場所を借りて始めるには金銭的なリスクが伴います。これは来週からでも始められる方法です。
2 出版
インディペンデントな出版活動はフリーペーパー『KAMAKURA』から始まりました。地元の方の有志で資金を集め毎号5000部ほど配付していました。あとは、自分たちが編集長になってゼロから作った雑誌が『髪とアタシ』と『たたみかた』。この2冊はアタシ社の看板雑誌でもあります。
3 家族経営
夫婦や親子など家族で働くこともひとつの切り口になります。現代は企業に属して働く事が主流ですが、家族で経営を行う人も増えてきていています。
4 ローカルへのダウンサイズ
ローカルは競合が少なく、個として生きるとはなにか、を考えるにはとてもいい。移住雑誌「TURNS」の編集を始めてから、様々な土地に取材に行きますが、ローカルで活躍する若者をよく目にします。
ちなみに我々が活動する『本と屯』は、家賃が約3万円の物件です。拠点を持つためには、無理せず拠点がもてる経済合理性も大切です。
かよこさん
「社会の構成員としての私と、個人のアタシという視点は、都市とローカルにも起きています。都市で生きる匿名的存在から、ローカルで個へと回帰する大きな動きがあり、ローカルに移住した人達からは、『自己の輪郭がはっきりした』という声はよく聞かれます。
"個として生きる"とは、社会や他者からの評価ではなく、自分が呼吸しやすい場所でコミュニティを作り直す活動です。自分の価値観を磨き上げ、学び、失敗して行動し続けるとことで、自分と繋がり、社会や他者とも繋がることが出来るのではないでしょうか。」
意見交換
ここからゼミ生に3、4名一組になってもらい、お二人の話を聞いて気付いたことなどを話し合い、発言してもらいました。
【語彙が豊富で大変面白かったです。繋がりを作っていく際の巻き込み力が重要だと感じました。人を巻き込んでいく時に気を付けていることはありますか。】
かよこさん
「役割分担でいうとミネ君が巻き込む側で、私が巻き込まれる側であり、同時にフィクサーみたいな感じです。繋がりを作る中で『自分達だけ得しよう』とすると発想はよくないです。それぞれに個がある事を忘れずに、交わるポイントを探していくことが大切です。」
シンゴさん
「住み開きをしていた時は本当に多くの人が行き来していました。皆何かの琴線に触れて出会っているので心配はしていません。頼みやすい、聞き上手など巻き込まれやすい人の存在も重要です。」
【お二人の行動力を感じるお話でした。人は変化を嫌う部分があると思いますが変化は怖くないですか。事業のリスク回避などはどうしていますか。】
シンゴさん
「立ち上げる際の不安はありませんが準備はしています。例えば、『本と屯』の収益だけでは事業は続けられませんが、美容院の利益率が高い事で成り立っています。雑貨屋も2階をシェアオフィスにすることで成立しています。事業を組み合わせる事は、収益性はないけれど有意義な事業を続けていくための方法でもあります。」
かよこさん
「私は変化しない自分を嫌悪するタイプですが、ひとつのことを深め切れない面もあります。様々な事業を立ち上げて変化を続けてきましたが、立ち上げた責任や、関わった人達の人生を巻き込んでいることについて考えるフェーズに入り、そこを頑張っているところです。」
【社会的貢献度が高くて得意な事と、自分がやりたいことが異なる場合、"個として生きる"にはどちらを優先させれば良いでしょうか。】
かよこさん
「正解がない話ですね。自分がやりたいことがあっても、それが誰からも求められず、お金も稼げない...となると、ここで話が終わってしまいますよね。社会から求められる領域でありながら、どこまで個を広げられるか。仮に自分のやりたいことと一致しなかったとしても、誰にも渡さない『自分の領域』を持とうとすることが大切だと思います。」
【自分がやりたいことを周囲に持ち掛けて自費で活動することは可能でも、利益を出すところまで踏み込めないような気がします。趣味をビジネスにしていくにはどうしたら良いでしょうか。】
かよこさん
「人は作ったものを誰かと分かち合いたいものですが、受け手を優先しすぎると、今度は個を表現できなくなります。自分が表現出来た時は純粋に喜びが生まれます。それを人がどう受け取るかは副産物だと考えてはどうでしょうか。
言語を介して表現する全てのことは、自分すらも他者化する働きがあります。自分という他者にギフトを手渡しているのかもしれません。『髪とアタシ』や『たたみかた』を作ったら、本を通じてアタシ社に来てくれた人達との宝物のような出会いがありました。純粋に表現したいことをやり切った結果、その人達を運んできてくれたように感じています。」
最後に
かよこさん
「今日の講座では、 "ありのままで誰もがそこにいていい"という根っこにある願いを伝えるために来ました。話しながら "個として生きること"は、経済活動にならないもの含めて、この願いに耳を澄ませて生きていくことなのかもしれないと思いました。」
シンゴさん
「私は、仕事と暮らしが混然一体となっている現在の状況を"営み"と呼んでいます。本業は何ですかと聞かれる事もありますが、全てを営んでいるという事にしています。妻の言う"ありのままで誰もがそこにいていい"ということもある種の営みだと思います。」
伊藤さん
「一連の話を聞いていて、"ダイバーシティとは何か"という問いに直結していると感じました。
個である続けるために個が響き合い、発露したものを受け止め合う環境を含めてダイバーシティであり、その実例が伺えたのではないでしょうか。自分のために作った本を受け取った人が仲間になったお話が興味深かったです。
前回のゼミで吉田奈緒子さんにお話いただいたギフト経済にも繋がる話で、自分が自分であろうとした営みが、結果的に誰かのためになる恩送り型の価値の循環になっている。質問と意見交換によって、個として生き続けるということは、価値の循環を起こしていることであり、経済原理だけでないことを確かめていくような深まった内容になったと思います。」
記録では書ききれませんでしたが、お二人の掛け合いもとても面白く、なごやかな講座となりました。
ミネシンゴさん、三根かよこさん、貴重なお話をありがとうございました。
(県立:イベント担当)
アタシ社の出版物
『たたみかた 創刊号 30代のための新しい社会文芸誌 福島特集』 2017年
資料コード:23372105 請求記号:051.3/225/1 OPAC(所蔵検索)
『たたみかた 第2号 30代のための新しい社会文芸誌 男らしさ女らしさ特集』 2018年
資料コード:23372113 請求記号:051.3/225/2 OPAC(所蔵検索)
『南端 South End』有高唯之/著 2018年 貸出不可
資料コード:60748365 請求記号:K74.33/1/ OPAC(所蔵検索)
『みさきっちょ』 いしいしんじ/著 2019年 貸出不可
資料コード:60796968 請求記号:K98.33/16/ OPAC(所蔵検索)
『断片的回顧録』 燃え殻/著 2021年
資料コード:23372063 請求記号:914.6/1989 OPAC(所蔵検索)