詩人の大岡信は、かつて志村ふくみが制作した着物を目にして衝撃を受けた理由を、『一色一生』(志村ふくみ著)のまえがきにこう記しています。
「志村ふくみが自然界から抽き出してきた色の波が、私を誘って自然界への内ぶところへ、その精妙きわまる諧調のはてしない展開の場へ、難なく導いてゆくからにほかならなかったろう。(中略)それは確実に、大地にかつて根づき、生長していた生命の生れ変りとしての色なのである。言いかえれば、志村ふくみの染織は、植物という生きものの生命を結晶させた色の織物であって、そのことを彼女自身力強く自覚しているのである」
リンク:『一色一生』 (志村ふくみ著)求竜堂 1982年 OPAC検索
本書は、文筆家としても定評のある染織家の随筆集です。
織をめぐる旅を背景に、これまでに出逢いともに過ごしてきた植物たちとの対話や、その中で生まれた心象風景が描かれています。
そこには、植物の内に秘める色への尽きることのない好奇心と探究心を垣間見ることができ、紡ぎ出されるたおやかで豊かな言葉からは、日本の美しい四季とともに、常に植物への畏敬の念と愛情が映し出されています。
古来、日本に植生している植物も数多く登場します。化学染料が作られていなかった時代に、古の人々が美を見出し染めた色は、平安貴族の襲(かさね)や、はたまた弥生時代の人々の衣服に使われたかもしれないと、時空を超えて思いを馳せました。
「紫匂ふ」では、「匂い」と色の密接な関係も述べられています。
万葉の時代、「匂ふ」といえば嗅覚からくるものではなく、色彩そのものを表わす語ではないかという国文学者の考察も交え、「すべての植物は固有の匂いを宿し、色と一体になって染上ってくる。その匂いが色によって昇華された時、はじめて晴れやかに匂い立ち、美しい色をこの世にとどめる役を果して消えてゆく。」と記しています。
著者の展覧会を訪れた折に、視覚でとらえながらも大地から立ちのぼるような草いきれや、馥郁とした香りが漂うような印象を受けたのも頷ける気がしました。
「白夜に紡ぐ」(志村ふくみ著 人文書院 2009年)では、「四季の移り変りと共に植物から出る色は刻々変ってゆく。一つとして同じ色が染まらない。植物の生い立ち、若い木か古木か、伐採の時期、染め方、その時の人間の心境等々、千差万別に変ってゆくのが植物の色である。」と記されています。
人間が十人十色であるように、植物学の分類上では同じであっても、ひとつとして同じ色は生まれないということも、奥深い魅力なのでしょう。
時には歩を止めて、足元の小さな草花の語りかける言葉に耳を傾け、内包する色を想像してみたくなりました。
『語りかける花』 志村ふくみ著 人文書院 1992年
資料コード:80421308 請求番号:H753.04/1 OPAC検索
(県立図書館:なぼたんさーたん)
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