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スパイス爆薬医薬品書影.png 今回ご紹介するのは、世界史を化学の視点から読み解く本です。


1812年、ナポレオン軍はロシアへ侵攻し、無残に敗退しました。このロシア遠征の失敗の要因は、軍服の光り輝く「錫のボタン」が寒さで粉々に劣化する「錫ペスト」によって、兵士が寒さに耐えられなくなったからだ、という説があるといいます。

序章で語られる「ナポレオンのボタン」を皮切りに、化学物質が歴史を動かし、ときに戦争まで引き起こしたことが説明されていきます。


1章では、台所に当たり前に置かれているスパイスが、かつて世界を動かした歴史が語られます。

胡椒を求めて航海に出たコロンブスが、新大陸を発見してトウガラシを持ち帰ったことは皆さんもご存じかと思います。クローブとナツメグの貿易を支配するために、オランダは産地の島々に対して容赦のない植民地政策をとり、最終的にマンハッタン島と引き換えにナツメグの木が生える離島を手に入れました。


この胡椒とトウガラシには、それぞれピペリンとカプサイシンという共通した構造を持つ化学物質が含まれます。両方とも唾液の分泌を促し、消化を助ける効能があります。

また、クローブにはオイゲノール、ナツメグにはイソオイゲノールという物質がそれぞれ含まれます。

匂いは違いますが、2種類の魅力的な香り高い化学物質は名前だけでなく化学構造式もよく似ていることがわかります。


ここで読むのをやめたくなった方は、きっと私と同じ苦い経験をされてきたのでしょう。

そうです、この本には化学構造式が数多く掲載されています。私のような化学苦手人間が裸足で逃げ出す、高校時代に自分なりに努力はした、なのについぞ理解できなかった、あの化学構造式です。

しかし、本書の中では、構造の類似点が理解できれば問題ありません。私はもう高校生ではなく、テストのために化学構造式を覚える必要はないのです。社会人バンザイ!

こうして開き直って読み進めていくと、世界史のできごとと化学物質が次々と頭の中で結びつき、「なるほど!」と化学反応を起こしていきます。


この本では、さらにアスコルビン酸、甘味料、セルロース、ニトログリセリン、ナイロン、フェノール、ゴム、染料、アスピリンなどが取り上げられます。

知っている物質もよく知らない物質もあります。アスコルビン酸が一体どのような物質なのか、私には見当もつきませんでした。

しかし、別の呼び名はなじみ深く、身近な物質です。ぜひ、本書でその正体を確かめてみてください。

化学につまずいた人も、世界史が苦手な人も、いつもとは違う分野に少しだけ踏み込んでみると、新たな発見があるかもしれません。


『スパイス、爆薬、医薬品』 ペニー・キャメロン・ルクーター 著, ジェイ・バーレサン 著, 小林力 訳

中央公論新社 2011年 資料コード:81508962 請求記号:574/209 OPAC(所蔵検索)


(県立川崎図書館:仕事用エプロンはポリエステル製)