『中学生までに読んでおきたい日本文学』というシリーズは、『恋の物語』や『おかしい話』など、テーマに沿った名作を何篇か集めて1冊にしたもので、中学生までと言うタイトル通り比較的読みやすく、それでいて単純ではない、少し考えさせられる作品が収録されています。
今回はシリーズ1冊目『悪人の物語』から、印象深い作品をご紹介します。
現代的な言葉を使うとサイコパス的要素のある『毒もみの好きな署長さん』(宮沢賢治著)、ひたすらに痛快な『鼠小僧次郎吉』(芥川龍之介著)、永遠に続くように思われる悔恨の日々を描いた『善人ハム』(色川武大著)など、様々な角度から「悪」を取り上げることで、「悪」を立体視しようとする試みが感じられます。
なかでも野口冨士男の『少女』は、何ともやるせない結末に深く心を打たれました。
野口冨士男は自ら「私小説作家」と称するほど、圧倒的に私小説の割合が多いですが、『少女』は(私が読んだ作品から推測する限り)野口冨士男の客観小説ではないかと思います。
戦後の混乱期、復員したばかりの青年が、小学6年生の富豪の娘を誘拐し逃避行を開始します。はじめは身代金を要求するつもりが、逃避行を続けるうちに2人の関係に変化が現れるというあらすじです。
主人公である小倉恭介の心理描写が極めて丁寧に描かれる反面、富豪の娘、ゆたかの心理は2回しかない台詞と、行動から推察するしかありません。淡々とした筆致が想像を掻き立てます。
言うまでもなく、人間の心情というものは単純なものではありませんが、その機微を饒舌さと寡黙さを同時に駆使して描き出す技巧は、私小説作家、心情作家の本領とも言えるでしょう。
『中学生までに読んでおきたい日本文学1 悪人の物語』 松田哲夫監修 あすなろ書房
2010年 資料コード:22995427 請求番号:918/マ/1 OPAC(所蔵検索)
(県立図書館:野口「富士男」といつも誤字します)