神奈川県立の図書館

『山之口貘詩集』 山之口貘/著

公開

フォークシンガー高田渡の「生活の柄」という歌を知っていますか?

歩き疲れて...

草に埋もれて寝た... というような野宿の歌です。

ずっと高田渡の作詞作曲だと思っていたのですが、詩は山之口貘だという事実を最近知り、その人物像や他の詩にも興味がわきこの詩集を読んでみました。(「生活の柄」はp56-57に掲載)

いくつかの詩を取り上げながら、貘さんの人物像を探ってみましょう。


本名は山口重三郎、幼名さんるー(三郎)1903(明治36)年七人兄弟の三男として沖縄で生まれ、絵と詩が大好きな少年でした。貘というのは夢を食って生きるという中国の想像上のけものからとったペンネームです。実家は300年も続く名家でしたが父の事業の失敗により一家は離散。19歳のとき上京しますが、仕送りはありません。関東大震災にも遭い一度沖縄に戻りますが、再び上京したあとも様々な職業を経験します。鉄屑運搬船の人夫、暖房工事工夫、書籍問屋の発送作業員、薬の通信販売、便所のマンホールの掃除人、もぐりのお灸屋......住込みで働いたり、友人の下宿先を転々としたり、野宿をすることも。そこで冒頭の詩ができたのかと納得しました。


『山之口貘詩集』「自己紹介」(p62)という詩の中では...


<前略>

僕ですか?

これはまことに自惚れるようですが

びんぼうなのであります

と悪びれることもなく借金をして、経済的には恵まれなくても南国特有のカラッとした明るさがあります。若い時から結婚願望があったようで、「求婚の広告」(p72-73)という詩では...
一日もはやく私は結婚したいのです

<中略>

私をおっとにしたくなって

せんちめんたるになっている女はそこらにいませんか

<中略>

どの女があなたであるかは知らないが

あなたを

私は待ち侘びているのです


とユーモアと切実さが胸に迫ってきます。


やがて見合い結婚し娘の泉も生まれて3人の生活になり、詩の中にも夫人やミミコ(泉のこと)が登場してきます。特に幼いミミコとのやりとりの詩では、ほほ笑ましく、父親としての純粋な愛情が豊かに感じられます。


琉球舞踊が得意で指笛が上手、琉球詩人とか貧乏詩人とかルンペン詩人などと呼ばれながらも、貘さん貘さんと仲間から慕われます。生活の困窮や長男の死、戦争、家族、沖縄などすべてを糧にして最期まで清貧に心豊かに生きた貘さん。一語一行を大切に、たった1篇の詩をつくるのに100枚も200枚も原稿用紙を反故にして積み重ねるので推敲の鬼と呼ばれた貘さん。1963(昭和38)年7月19日、59歳でその生涯を閉じます。葬儀で配られた挨拶状には「ものもらいの話」(p79-80)と「告別式」(p149-150)が印刷されていたそうです。


難しい言葉は使われていないので読みやすく、今読んでも古臭さはまったくありません。あなたも貘さんの詩を味わってみてください。きっと心にささるものが見つかるはずです。



『山之口貘詩集』 山之口貘/著 岩波文庫 2016年請求記号:イ911/ヤ 資料番号:22877229

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