皆さんは「ダイアナ・ウィン・ジョーンズ」という作家をご存じでしょうか。あまり本を読まない方でも、ジブリ映画『ハウルの動く城』の原作者だと聞けば一気に親しみがわくのではないでしょうか。
今回おすすめする一冊は『ファンタジーを書く ダイアナ・ウィン・ジョーンズの回想 Reflections』。英国ファンタジー作家として名高い彼女の終活の一環として、それまで雑誌や講演等のために書いた原稿や、書き下ろしの回想、家族や関係者による随想などをまとめた一冊です。余命数ヶ月の段階で自身の原稿を整理して出版しようとする意欲、端々で時折火花を散らすように鮮烈な感情とユーモアを覗かせる数々の文章は、彼女の溢れんばかりのバイタリティをよく表しているように感じられます。
私の印象に残った内容をいくつか取り上げたいと思います。まず特定の作家や作品への考察について。
一例として、彼女の大学時代の教授でもあったトールキンについて語る一篇「〈指輪物語〉の物語の形」。そのプロット・場面描写の組み立て方を交響曲の編曲になぞらえて考察しています。そのため、物語の要点、流れの強弱や背景に描かれたものの意味等を、教え子かつ同じ作家としての視点を借りて辿ってゆくことができます。トールキンファンは元より、トールキンが描く長大すぎるストーリーに迷った人、尻込みしたことのある人にとっても一つのよきガイドとなるはずです。
また、彼女自身の作品についてもこの上なく的確な解説を得ることができます。特に『九年目の魔法』であちこちから集められた物語の素材とその構造に目を回した記憶のある読者にとっては、彼女自身が下敷きとしたモチーフを挙げながら紐解く「ヒーローの理想」という一篇は必読です。まだ同作品を読んだことのない方は是非読了後にこちらを読んで、幾層もの謎解きのような発見を楽しんでみてはいかがでしょうか。
そしてタイトルからも察する通り、本書の大半を占めるテーマである"物語を書く"ということについて。
彼女曰く、物語には1ページ目からそうと決まるテイスト、性質のようなものがありそれを尊重すべきである、物語を書くためには作者がキャラクターを詳細に知らなければならない、そのためにはまず――そういった自身の考えや経験を基にしたアドバイスが、そのものずばり「作家の卵へのアドバイス」と題された篇や、それ以外でもいたるところに提示されています。
加えて、単なる執筆上の技術だけではなく、彼女の作家、特に児童文学作家としての理念も全篇を通してうかがい知ることができます。
「わたしはいつか完璧なファンタジーを書けるだろう、とよく想像します。一度にたくさんのレベルで夢に似た作用をもたらし、脳が全力で楽しく働くという経験を伝え――しかも、物事のあるべき姿の見取り図になっているようなファンタジーです。」(p.181-182)
彼女は、子どもに向けたファンタジーは彼らが楽しく想像力を働かせ"経験"を得られる場であるべきで、そしてそれは生涯心に残るものとなり得るのだから作家の責任は重大である、ということを繰り返し伝えています。そして、道徳やルールという名の社会通念の押し付けや束縛を非難しました。作家のみならず、編集者、書店員、親、教員そして司書等、多少なりとも子どもに本を差し出す側にまわる立場にあるものとしては、心に留めておきたい意見のひとつだと思います。
神奈川県立図書館は人文・社会科学系の資料をメインに所蔵しており、少々マニアックな類の資料も数多く利用できます。お気に入りの物語から始まる探求のお供にも、是非ご活用ください。
(県立図書館:天国のDWJへ、日本人は環境のおかげか意外と雑食です)
『ファンタジーを書く ダイアナ・ウィン・ジョーンズの回想 Reflections』 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/著 市田泉 /訳 田中薫子/訳 野口絵美/訳 徳間書店 2015年
請求記号:930.27/236 資料コード:22794770 OPAC(所蔵検索)
『九年目の魔法』 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/著 東京創元社 2025年
請求記号: 933.7/745 資料コード:23667579 OPAC(所蔵検索)