2022年12月23日(金)、第2回「after5ゼミ」が開催されました。
今回は、半農半翻訳者の吉田奈緒子さんに「お金に負けない働き方」と題してお話いただきました。
ファシリテーターの伊藤さんとの対話や、ゼミ生との意見交換を交えて進行しました。
吉田さん「千葉県の南房総に生活拠点を置いて16年になります。それより前の一時期、みなとみらいに勤めていましたが、県立図書館を利用したことはありませんでした。仕事の後では開館時間に間に合わなかったからです。今回このような形で、平日夜に集まれるゼミにご一緒できて嬉しく思っています。自身の働き方については現在も模索中で、個人的な経験が参考になるかわかりませんが、お互いに発見があれば嬉しいです。
現在の半農半翻訳生活について
ここ10年ほど、お金を使わずに暮らす人の本を翻訳、紹介しています。マーク・ボイルというアイルランド人の著書のほか、アメリカで同じく「カネなし生活」を送るダニエル・スエロの半生記の翻訳にも携わりました。
マーク・ボイルは、現代のイギリスでお金を全く使わない生活実験を始めて注目された人で、「無銭経済」(原語の英語では「フリーエコノミー」)という考え方を提唱しています。
彼の第一作『The Moneyless Man』のリーディング(日本での出版を検討するための資料作成)を、知り合いの編集者に依頼されたのが2010年です。
丸一冊を1日で読み終えてしまうほど引きこまれ、この出会いが大きな転機になります。
私自身も「お金への依存を減らしたい」という気持ちから2006年に南房総へ移り住んでおり、当時は、産業翻訳など在宅の仕事と並行して、庭で野菜を作ってみたり、知人の田んぼを手伝わせてもらったりしていた頃でした。
本の企画が通り、2011年に出版された『ぼくはお金を使わずに生きることにした』は、私にとって初めての訳書となりました。
器用なたちでなく、その後10年以上たっても計5冊しか訳せていないので、収入だけを考えると「ワーキングプア」と言われる働き方だと思います。
それでも続けてこられたのは、「半農」の側面に支えられているからです。
自分で作って食べれば「食うに困る」心配はありません。現在、米に関しては100%自給できています。
PCとにらめっこが続いて煮詰まったとき、外へ出て全身を動かすことで頭もほぐれるようです。個人的に、田んぼのくろぬり(畦に泥を塗る作業)をしていると名訳がひらめくというジンクスもあり、半農と半翻訳は相性が良いと感じています。
「お金に負けない働き方」とは 半農半翻訳に至る道のり
私は平均的なサラリーマン家庭に育ち、食材はスーパーで買うのが当たり前でした。東京外国語大学でウルドゥー語を専攻した学生時代、文化人類学の先生の薦めで『歩く速度で暮らす』という本と出会います。私に食べ方や暮らし方の指針を与えてくれた一冊で、「お金に負けない農的暮らし」という言葉が強く印象に残りました。
同書の影響で、卒業後は農家になりたいと憧れたものの、体が小さく朝寝坊の自分に務まるとも思えず、大手総合書店に就職しました。5年を区切りに、充電を求めてイギリスへ留学。帰国後は学術系出版社のほか、証券会社やIT企業など畑違いの派遣先でも働き、それぞれ貴重な経験でしたが、徐々に農的暮らしへの思いがつのっていきました。派遣先のリストラを機にフリーランスとなり、今に至ります。
産業翻訳から出版翻訳に移行して収入は激減しましたが、ふしぎと不安はありません。
幸せに暮らすために必要なものは決して多くなく、手に入れる手段はお金に限らない。身近な人や自然界と繋がることによって、金銭での売り買いよりもずっと豊かな世界が開ける。そう教えてくれるマーク・ボイルの生き方にも背中を押されています。
「贈与経済」という概念を日常的に意識するようになったのも、彼の本を訳したのがきっかけでした。
完全なマネーレスは私には難しくても、レスマネー、お金への依存度が小さい暮らしを続けていければと思っています。お金になるかならないかを物差しにせず、本当にやりたいと思える仕事を選べているという点で、今のところ、お金に負けっぱなしではない働き方ができているのではないでしょうか。」
伊藤さん「ありがとうございました。贈与論や贈与経済について、概念的に勉強するのではなく、吉田さんの生き方から垣間見ることが大変味わい深かったです。お金の使い方が時間の流れを変えていくような、話の行間の豊かさが講義の本質に繋がっているように感じ、ひとりの人の話を聞くことの充実感を味わうことが出来ました。話を聞くということは、説明を知的に理解するということだけでなく、その人がどんな風に話したか、リズムや空間ごと体験することだと実感しました。」
ここからゼミ生が3、4名一組になって吉田さんのお話についてどんなことを思い、どんな疑問を持ったかなどを話し合い、発言をしていただきました。
【贈与経済は、言葉としては理解できますが、見返りがない贈与と、回していく経済という結びつきがしっくりきませんでした。】
吉田さん「贈与経済は、1対1の等価交換で完結するものではなく、各人が能力に応じて与え、必要に応じて受け取るシステムです。『恩送り』方式で、誰かから受けた恩を直接その人に返すのでなく、別の誰かを手助けすることで次へ回していく。回り回ってコミュニティ全員が恩恵を受けるわけです。必要なものを調達するために、お金はひとつの方法に過ぎず、無銭の与え合いを循環させていく方法もあると思います。」
伊藤さん「贈与論について詳しく知りたい方は、マルセル・モースの『贈与論』や『世界は贈与でできている』を読んでみてください。社会の中で贈与経済と貨幣経済がしっかり回っていることが、幸せに生きるために欠かせないように思います。」
【居心地がよく楽しい時間でした。私たちは安心のためにお金を稼いでいますが、お金があっても安心できる世の中ではないかもしれないと思いました。価値観が揺さぶられるお話で、今後も問いは続いていくと思いました。】
吉田さん「ありがとうございます。食べ物の作り方を知っていれば、何が起きても食べていける。その安心感は大きいですね。」
【衣食住の食以外について、レスマネーでどのように対応するのか気になりました。】
吉田さん「衣食住の衣に関しては、古着という選択肢もあります。アパレル業界で働いていた人が廃棄衣料の多さに耐えかねて農的生活にシフトした、との例も聞くように、そもそも服は作りすぎだそうです。服でも、それ以外の品でも、本当に必要か、ある物で工夫できないかをまず考え、買うならば中古で探したり、応援したい店で購入したりしています。住むところもヤドカリの様に借家です。」
【私は大学で地域活性について勉強中です。都心から離れた場所でコミュニティを築いて生活されている様子が魅力的でした。ラグジュアリーとはブランド物などのことではなく、自分にとって必要最低限を理解して豊かな生活をすることだと思いました。】
【翻訳書をみると筋が通った選書だとわかります。テーマを持ってお仕事をしている事がうらやましいと思いました。】
伊藤さん「金銭ではない価値を作っていくことは、図書館という文化施設にも問われていると思います。贈与経済や社会的贈与というお金にとらわれない資本を社会のなかでどう育んでいくのか。after5ゼミで行っていることも、社会的資本を高めていくことに繋がっていくと思います。そのきっかけを吉田さんのお話から伺えたことが大きな価値だと思います。本日はありがとうございました。」
(写真左から 吉田奈緒子さん、伊藤達矢さん)
吉田奈緒子さんの翻訳本
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』マーク・ボイル著、 吉田奈緒子訳 紀伊国屋書店 2011年
資料コード:23334147 請求記号:936/371 OPAC(所蔵検索)
『モロトフ・カクテルをガンディーと 平和主義者のための暴力論』マーク・ボイル著 吉田奈緒子訳 ころから 2020年
資料コード:23366123 請求記号:309/51 OPAC(所蔵検索)
『ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした』マーク・ボイル著 吉田奈緒子訳 紀伊國屋書店 2021年
資料コード:23334139請求記号:936/372 OPAC(所蔵検索)
『無銭経済宣言』マーク・ボイル/著 吉田奈緒子訳 紀伊國屋書店 2017年
資料コード:23367824 請求記号:591/134 OPAC(所蔵検索)
『スエロは洞窟で暮らすことにした』マーク・サンディーン著 吉田奈緒子訳 紀伊國屋書店 2014年
資料コード:23367816 請求記号:289.3/2639 OPAC(所蔵検索)
参考文献
『歩く速度で暮らす』槌田劭著 太郎次郎社 1985年
資料コード:110302726 請求記号:カン/K1/ツチ OPAC(所蔵検索)
『贈与論』マルセル・モース著 岩波書店 2014年
資料コード: 22755532 請求記号:イ389/モ OPAC(所蔵検索)
『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』近内悠太著 ニューズピックス2020年
資料コード:23147135 請求記号:104/602 OPAC(所蔵検索)
(神奈川県立図書館:after5ゼミ担当)