
幼い頃、周囲の大人からこう言われた私は、とても恐ろしい気持ちになりました。
「悪い人に勝ってほしくない、悪い人にはなりたくない」と思う反面、「悪い気持ちが強くなってしまったらどうなるのだろう」とも思ったのです。
この作品は13歳の少年コナーが、彼を取り巻く環境の中で、現実を受け止め前に進む物語です。
しかし読むにつれて、立場や境遇、年齢を超え全ての人の心に共通する普遍的テーマが見えてきます。
コナーの年頃は、自分を取り巻く家庭や学校、社会の動向に対しとても敏感になります。
祖母や別れて新しい家族と暮らす父が、病気の母との生活を支えてくれますが、そうした家族に対する葛藤や、学校で友人や先生から受ける理不尽な言動、空気感に、コナーはやりきれない気持ちでいました。
コナーは、母親が病気になってから恐ろしい夢にうなされ、決まって深夜「12時7分」に目が覚めるようになります。何か気になって時計を見るといつもこの時間なのです。
ある夜、何の前触れもなく怪物が現実の世界に現れます。怪物は縦横無尽に大きさを変え、コナーをひと飲みしそうな口からはとどろく雷のような声を響かせます。とてつもない存在感ですが、コナーは少しも恐怖を感じません。なぜならコナーは"もっと怖いもの"を見たことがあり、怪物の姿は窓から見える「イチイの木」だったからです。
やがて怪物は3つの物語を聞かせ、その後コナーに4つ目の物語を話すよう言います。そしてこう付け加えるのです。
「わたしは"おまえの真実"を聞くためにここにきた。おまえがわたしを呼んだのだ」
怪物は一体何者なのか。怪物の語る3つの物語、そしてコナーが話す4つ目の物語とはどんな"真実"なのか。「12時7分」に決まって気付くのはなぜか。
作品のタイトルやモノクロの挿絵から、恐怖や苦難のファンタジーという印象でしたが、最初の安易な想像を軽々と超え、思いがけなく深い大きな"真実"へたどりつき、読み手の心の内にある記憶や感情を揺さぶります。
人は心の中に「善と悪」「生と死」といった矛盾をもち、どちらも同一だからこそ日々悩み苦しみます。
その時、自分の真実の気持ちと向き合えたら、自らを認めその先に進めるのではないでしょうか。
物語の真実を知ったとき、私は心の矛盾を考えるだけでなく、どう行動に変えるのかが大切だと気づきました。
自信をなくし進むべき方向が見えない時、感情の扱いに困った時、自分との新たな向き合い方を教えてくれる1冊です。
『怪物はささやく A monster calls 』
パトリック・ネス 著、シヴォーン・ダウド 原案、池田真紀子 訳 あすなろ書房 2011年
資料番号:23182108 請求記号:933/ネ OPAC(所蔵検索)
(県立図書館:ブルーベル)