13みなのせがは
三、歌と観光―江ノ島・鎌倉・横須賀
東海道の発展により、海沿いの地は多くの旅人が訪れ、和歌を詠み、広く紹介されていました。とくに鎌倉は今も昔も観光地として名高く、神社仏閣から川、山、崎とあらゆる地名が和歌とともに読み継がれてきました。
万葉集に歌われた「みなのせがは」は、現在は稲瀬川と呼ばれているところです。歌舞伎の「白浪五人男 稲瀬川勢揃場」(河竹黙阿弥)の舞台にもなりました。それほど大きな川ではありませんが、中世の歌学書『五代集歌枕』の「川」の項にも登場します。歌のイメージと深く結びついて知られるようになった地名なのかもしれません。
書物を紐解けば鎌倉は名所が多く、一部しかご紹介できません。今も昔も人びとに愛されている名所です。
ま愛(かな)しみさ寝(ね)に吾(わ)は行く鎌倉の
美奈の瀬川に潮満つなむか
(万葉集3366 よみびとしらず)
【意味】
心からいとしく思って、私は共寝に出かける。鎌倉の美奈の瀬川は、潮が満ちているだろうか。
