かながわ資料ニュースレター第68号(2019年2月発行)

新着資料から

◆『ブラタモリ 14 箱根 箱根関所 鹿児島 弘前 十和田湖・奥入瀬』
 NHK「ブラタモリ」制作班 監修 KADOKAWA 2018年[K291.85/378]
 本書は、NHKの紀行番組「ブラタモリ」の放送内容を書籍化したもので、番組では語られなかったエピソードも収録しています。今回は平成29年(2017)4月22日放送の「箱根」と、同年5月13 日放送の「箱根関所」が収録されました。「箱根」の回では、神奈川県温泉地学研究所主任研究員の萬年一剛氏が案内人を務めており、箱根の火山や温泉の成り 立ち、泉質の豊かさなどについて解説しています。中でも人間が作り出す「蒸気井温泉」の仕組みには驚かされます。また、萬年氏は「箱根関所」の回にも出演して おり、関所がある場所の地形について説明を行いました。県立図書館では昨年の5 月19日に、萬年氏を講師にお迎えして神奈川探訪講座「かながわと温泉~箱根 を中心に」を開催しています。講座では、神奈川県温泉地学研究所の概要や、 温泉の定義についても述べられました。詳細は、 「司書の出番」をご覧下さい。  

◆『富士屋ホテルの営繕さん 建築の守り人 FUJIYA HOTEL MAINTENA NCE AND REPAIR LIXIL BOOKLET LIXIL GALLERY』
 白石ちえこ 撮影 山口由美著 吉田鋼市著 LIXIL出版 2018年[K52.85/18]
 冒頭の説明によると「営繕」とは、営造の「営」と修繕の「繕」からなる熟語です。ここでは、単なる修理屋ではなく、その場の機能とイメージに合わせて新しい物を作り出す職人を指しています。
 富士屋ホテルは、山口仙之助が500年の歴史を持つ箱根・宮ノ下の旅館 「藤屋」を買収して改装し、明治11年(1878)に日本初の本格的なリゾー トホテルとして開業しました。その建築様式は洋風と和風の共存・衝突す る複雑なものであり、唐破風の玄関がある洋風建築の本館、伝統的な和風建築の食堂棟、外国人専用の宿泊施設であった西洋館、洋室に和風の装飾が凝らされた「花御殿」、旧御用邸の「菊華荘」などがあります。営繕は これらの様式と伝統を損なうことなく、補修と増改築を繰り返してきまし た。本書はそんな営繕たちの仕事を豊富な写真とともに紹介しています。

新着の神奈川資料

新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者名 出版者 出版年 請求記号
苔に光る鎌倉の石仏 大箭晃義・写真集 銀鈴叢書大箭晃義 写真・文銀の鈴社2018K18.4/369
封印された殉教 下佐々木宏人著フリープレス2018K19.1/204/2
「伊勢原の開村」を探る 伊勢原の郷土史再発見!田中米昭著夢工房2018K21.64/20
新訂吾妻鏡 3 頼朝将軍記 3 文治四年1188~建久二年1191髙橋秀樹編和泉書院2018K24/497/3
鎌倉幕府成立期の東国武士団金澤正大著岩田書院2018K24/537
ぷらべん 88歳の星空案内人河原郁夫冨岡一成著旬報社2018K28/499
enjoy ist。かながわ 毎日を楽しむためのヒント バリアフリー情報マガジンenjoy ist。かながわ制作委員会著ジアース教育新社2018K36/1243
鎌倉資本主義 ジブンゴトとしてまちをつくるということ A Manifesto for Sustainable Capitalism柳澤大輔著プレジデント社2018K60.4/12
京浜急行電鉄 名車の軌跡 イカロスMOOKイカロス出版2018K68/620
京急電鉄のすべて 鉄道まるわかり 001「旅と鉄道」編集部編天夢人2018K68/621
江ノ電沿線の近現代史 CPCリブレ No.8 エコーする〈知〉大矢悠三子著クロスカルチャー出版2018K68.4/62
近代横浜の輸出陶磁器 日本文化を絵付けの技で伝えた人々 Modern Yokohama’s Exported China and Potteries近藤裕美著里文出版2018K75.1/45
ベイスターズファン解体新書 下剋上のラミレス須賀達郎著 友兼まこと著 村松大二朗 画TOブックス2018K78.1/206

うちのおたから自慢 『献立日誌 第2号,第3号』
箱根御用邸内奈良屋調理部 1956年[K59.85/12/2,3]

 明治天皇・昭憲皇太后は、明治6年(1873)に避暑の 目的で箱根に行幸啓し、宮ノ下の奈良屋旅館に滞在して います。奈良屋は、創業が元禄15年(1702)ともいわ れる老舗旅館でしたが、平成13年(2001)に閉館しました。皇太后は明治5年(1872)と明治9年(1876)にも奈良屋に滞在しています。宮ノ下御用邸は、明治天皇皇女 富美宮允子内親王の避暑のために建てられましたが、一説には、奈良屋への度々の行幸が、営業の妨げになることを皇太后が案じたため、ともいわれています。 御用邸の建設は、明治27年(1894)に宮内省が民有地 約2,182坪を買収し、翌年2月に着工、半年後に完成させました。御殿は約350坪で「和風木造平屋建一部二階建」となっています。昭和天皇も皇太子の頃、大正3年から 11年(1914年から1922年)に度々、滞在しました。大正12年(1923)の関東大震災で大きな被害を受けますが、建物は修理されました。昭和8年(1933)に御用邸は廃止され、翌年、高松宮家へ譲渡されます。昭和21年(1946)には富士屋ホテルに払い下げられ、別館「菊華荘」となっています。
 本資料は、表紙に「御用邸内奈良屋調理部」とあることから、皇族と縁の深い奈良屋の調理部が、御用邸に入っていたことが窺えます。献立は、「朝」に「汁」「やきとうふ」「やきのり」、「昼」に「チキンカツ」「あじふらい」「カレー」「オムレツ」「ロースヤキ」、「夕」に「きす」「海老」「やきとり」「そう免ん」などを読み取ることができます。3月31日まで県立公文書館で展示しています。

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【参考文献】
・『我が皇室と箱根』足柄下郡初等教育研究会第四部会編 足柄下郡初等教育研究会 〔1935〕年[請求記号:K28.85/32]
・『開けゆく別荘地 箱根』 箱根町立郷土資料館 1996年[請求記号:K68.85/117]
・「箱根『奈良屋旅館』 300年の歴史に幕、に惜しむ声」横川節子著 『週刊エコノミスト』第79巻第25号(通巻3510号)2001年6月12日号 p.100からp.102 毎日新聞社[請求記号:Z330.5/5]

コラム・かながわ・フォーカス

[神奈川の祭り 昭和の記録写真から]

≪大山夏山開き≫…伊勢原市(大山阿夫利神社)

 ◆写真撮影日:昭和40年(1965)7月27日 [請求記号:K55]

【解説】
 現在の大山は、真冬でもスタンプラリーが行われるなど、一年中山頂を目指すことができます。しかし江戸時代には、旧暦の6月27日から7月17日の開山期以外は、不動堂(現在の下社の位置にあった昔の大山寺)より上へ登ることは禁じられていました。こうした伝統を受け継 いで、現在でも大山では7月に開山の儀式が行われます。7月27日から8月17日の夏季例大祭は、通称「夏山」と呼ばれ、阿夫利神社下社から山頂へ向かう石段の入口にある登拝門が開かれます。7月27日に東京日本橋小伝馬町の「お花講」が、登拝門の扉を開ける儀式を行ないます。撮影当時は未明に行われていましたが、現在は朝の8時半に行われます。お花講は大山講 の一つで、結成は元禄元年(1688)以前といわれ、日本橋の問屋の旦那衆をはじめ職人が中心だったといいます。毎年大山寺に牡丹の造花を献じることから、この名で呼ばれています。

写真1
【写真1】先導師の宿坊に
に泊った講員たちは
午前1時頃、出発した。

写真2
【写真2】提灯の明かりを頼りに
「さんげ、さんげ、六根清浄」
と唱えながら下社まで登る。

写真3
【写真3】お花講は明治になって、神道
的な名称の「奉幣講」に改めたが昭
和38年(1963)頃、旧名に復した。



写真4
【写真4】登拝門の前で
神事が行われた後、講
の人々が扉を開ける。

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【参考文献】
・『伊勢原市史 別編 民俗』伊勢原市史編集委員会編 伊勢原市 1997年[請求記号:K21.64/7/3-1]
・『伊勢原市史民俗調査報告書 3 伊勢原の民俗-大山地区-』伊勢原市史編集委員会編 伊勢原市 1990年 [請求記号:K38.64/5/3]