日時・会場

令和2年2月27日(木曜日) 14時00分から16時00分 於:県立川崎図書館 カンファレンスルーム

アドバイザー紹介

アドバイザー:専修大学経営学部教授 荻原 幸子 氏

慶應義塾大学文学研究科図書館・情報学専攻修士課程修了
現在、専修大学経営学部 教授。
文部科学省「これからの図書館の在り方検討協力者会議」委員(2009年)。
日本図書館情報学会常任理事(2017年度から2019年度)。
公共図書館経営における住民参加、行政改革下における公共図書館経営のあり方を研究テーマとしている。

主な著作に『公共図書館運営の新たな動向』(共著、勉誠出版、2018年)がある。

概要 テーマ:「地域社会との連携と協働(その1)」

1. 研究の枠組み

公共図書館には「サービス」と「運営」の側面があり、すべてのサービスは運営方針等の意思決定によって実施される。2012年度より新潟県立図書館の図書館協議会に関わっていることもあり、図書館の運営面に関心をもって研究を続けている。まず、これまでの研究の経緯と現在の研究の枠組みについて紹介する。

1.1 ガバメントからガバナンスへ

日本図書館協会の「Lプラン」に関わったことがきっかけで地方自治論を学ぶようになり、「ガバナンス」という概念に出会い、「ガバメント」との違いを認識した。「ガバメント」は上下関係であり、「ガバナンス」は水平関係である。公共図書館にとって住民をパートナーとして位置付け、合意と調整で物事を進めていくこと、すなわちパートナーシップの考え方にもとづく「ガバナンス」こそが、これからの図書館運営に必要であるという考えに至ったことが、今日の研究の基盤となっている。

1.2 New Public Management論の潮流―市民主導型モデル

その後、行政改革の理論の一つである「New Public Management」に着目した。行政の活動を中枢部門である「PLAN」と、実施部門である「DO」に切り分ける考え方であり、指定管理者制度やPFIはこの理論にもとづく制度である。「New Public Management」は住民自治の考え方が欠落するという指摘もあった。しかし、1990年代の海外の行政改革の動向として、イギリスなどの市場メカニズムの活用を重視するモデル、北欧諸国の業績/成果による統治への転換を図る契約モデルの他に、行政部門の市民への権限移譲を進め、住民参画・協働を図る市民主導型モデルがあると指摘されている。市民主導型モデルは、デンマークやオランダなど住民参加が盛んな国々での改革として打ち出されたものであり、注目すべきは「住民」を一つのまとまりではなく、「顧客」「所有者」「ステークホルダー」という3つの側面に分けて考えている点である。

1.3 イギリスの地方政府における行政改革の動向

イギリスでは、1970年代の官僚主義から、1980年代には「市場化」「ニューマネジャリズム」「民主化」の3つの方向で行政改革が進められたとされる。市場化の側面では、行政は住民を「消費者(consumer)」としてとらえ、その行動によりニーズを把握する。ニューマネジャリズムでは、住民を「顧客(customer)」としてとらえ、住民の発言(意向表明)に行政が応じる。そして民主化の側面では、住民を「市民(citizen)」としてとらえ、たとえサービスの利用者でなくてもその発言は、行政に対して改革を促すものとされる。

このあたりで、研究の枠組みを「民主的な図書館運営」とすることが定まったように思う。

1.4 熟議民主主義論の適用向

民主的な図書館運営を考える中で、現在は「Deliberation(熟議)」という言葉を冠する「熟議民主主義」に関心を持っている。民主主義論は多岐にわたるが、熟議民主主義は参加民主主義よりも住民が深く関与する民主主義論であり、話し合い(熟議)による人々の「選好の変容」を想定している。ただし、熟議による選好の変容がただちに合意をもたらすのではなく、合意はあくまでも暫定的であり、話し合いの継続が前提とされる。アンケート調査のような個人による直感的な意思ではなく、複数の住民の熟議による意思を決定機関に伝えることにより、決定事項に関する民主的な正統性(手続き的な正しさ)が担保されるというのが熟議民主主義の考え方である。

熟議民主主義に対しては、選好の変容の実証が困難であるという指摘があり、現在では他者の意見を聴いて自分の意見を見直す「反省性」に強調点が移行している。また当初は、選好の変容を促す熟議の場をいかに創り出すかが議論の焦点とされていたが、現在は社会全体の「熟議の契機をもたらす」活動も含めた「熟議システム論」が展開されている。

素人の住民が議論に加わるよりは、専門家に任せたほうがよいのではないかという意見もあるが、現在は科学技術の分野でも「科学技術ガバナンス論」として、「ローカルナレッジ」「現場知」「素人専門性」を有する市民の参加促進が議論されている。図書館運営においても、専門家任せにしない住民の熟議による意思決定が求められるのではないだろうか。

1.5 図書館と住民の関係の変遷

清水正三氏による「図書館発展のサイクル」(1959年)では、住民と図書館の関係は資料要求と資料提供であり、住民の資料要求にできる限り応えることが図書館の発展につながるという考え方が示されている。塩見昇氏は「図書館運営への住民参加」(1988年)として、図書館協議会や友の会、モニターや利用者懇談会など、図書館と住民との関係が多様化していることを示している。ただし、「住民」は「利用者」が想定されている。

吉田右子氏は「公共図書館と住民の関係を捉える新たな枠組み」(2008年)として、住民を「図書館の支援者」とする観点からの分類を行っている。この分類で注目されるのは、利用はしないが「図書館は地域社会にあったほうが良い」と考える住民の存在を提示したことである。そのような支援者が多いほど図書館は社会的に支持された存在になり得るだろう。

2. 「実践」としての図書館協議会

図書館と住民の関係についての変遷をみたが、民主的な図書館運営を実現する図書館と住民の関係について理論化するにはいたっていない。理論の構築には図書館での「実践」の蓄積が欠かせない。実践については、「図書館協議会」に注目している。

2.1 図書館協議会の制度的基盤

図書館協議会の制度的な基盤は「図書館法」と「図書館の設置および望ましい基準」である。「図書館の設置および望ましい基準」では「(五)図書館協議会」の中で「利用者および住民の要望を十分に反映した図書館の運営がなされるよう努める」と記されている。「利用者および住民」と記されており、利用者にとどまらず「住民」に言及している点が重要である。

また、山口源治郎氏は図書館法の立法趣旨について「単なる住民の意見を反映させる機関ではなく、図書館と市民との合意形成の場と考えられて」いると指摘する。

2.2 地方自治体の条例・規則にみる図書館協議会の現状

各自治体の条例・規則の条文から把握される図書館協議会の現状を明らかにする目的で、47都道府県、815市(特別区を含む)を対象とし、2019年8月から9月に例規集のWebサイトにより調査を実施した。その結果、設置自治体数は都道府県では40(85%)、市区では628(77%)であり、うち神奈川県は13市、3町村であった。

委員の任命基準は、図書館法施行規則第12条に該当する自治体は、都道府県40、市区613であり、公募の実施を規定する自治体は、都道府県0、市区79であった。委員の定数は「10人以内」が最も多く、都道府県31(78%)、市区373(59%)であった。委員の任期は「2年」が最も多く、都道府県39(98%)、市区618(98%)であった。任命主体は、都道府県では「教育委員会」25(63%)、「記載なし」15(37%)であり、市区では「教育委員会」582(93%)、「記載なし」44(7%)、「市長」1であった。他に、会長の役割として、会議の招集、会議の議長、議事が可否同数の場合の決定などが規定されており、その権限がかなり大きいことが判明した。今後は、どのような属性の人々が会長に選出されているかなどについても調査を行いたい。

2.3 アメリカの公共図書館運営の構造

図書館協議会に関するこれまでの提言として、委員の選出方法や研修に関すること、議事録の公開等による情報公開の重要性などが指摘されてきた。他にどのような「あり方」が考えられるのかを検討する手掛かりとして、住民の関与を観点としたアメリカの公共図書館運営の構造に着目している。州法により制度化された協議機関である図書館委員会(library board)は、図書館長との密接なコミュニケーションと、各委員による社会に対するアドボカシー活動を行うものとされている。日本の図書館協議会についても、図書館から委員への情報提供や、委員によるアドボカシー活動(住民-住民関係の構築)を論点とする必要があると考えている。

2.4 図書館協議会研究の意義

図書館協議会研究の意義は、図書館と住民の関係における制度設計の追究にある。これまでは、委員による活発な議論の場であることが良い協議会であると考えていたが、「委任」がうまく機能する制度設計という論点もあるのではないかと考え始めている。私たちは、政治的な決定について「誰か」に委任している。私たちが皆、いつも政治のことを考えている状況は、なにかしら非常事態ということではないだろうか。図書館運営も同様であり、粛々と会議が進行している状況は、図書館運営が安定していることの表れであるともいえる。必要なのは、多くの住民が「図書館運営のことは図書館協議会に任せて大丈夫」と考えることができる制度が整えられていることではないかと考えている。

3. 神奈川県立の図書館への提言

アメリカの公共図書館を見学した際に、図書館が策定したStrategic Plan(戦略計画)が館内の複数箇所に掲示されている光景を目にしたが、図書館の方向性を住民と共有するための有意義な取組みだと思う。また、行政が実施しているパブリックコメントの広報の役割を担うことで、図書館は県の政策に関する「住民の熟議の契機をもたらす」存在となり得るのではないだろうか。

【質疑応答】

Q. 非制度的・非公式な存在(住民団体等)と連携する場合の注意点、連携を継続させる秘訣について御教示いただきたい。

A. 「田原市図書館サポーターズおおきなかぶ月例会議」がヒントになるのではないか。この会議の実践からは、図書館長は「官僚的・形式的な発想」を廃し、住民は「苦情・要望を一方的に伝える」ことはしないという特徴を見出すことができる。この点が連携の継続の秘訣ではないか。

Q. 地域社会との連携を行う際に、県のような広域をカバーする図書館が注意しなければならない点はあるか。当館の場合、横浜市から離れた市町村の住民に対し、どのようなアプローチ、働きかけが効果的か。また、都道府県立図書館と市町村立図書館の地域連携における差別化事例を知りたい。

A. 県立図書館が常に考えなければならないのは、「本当に県立のサービスを必要とするのはどの地域であるか」であり、そこに重点化することではないか。地域連携については、県行政のパブリックコメントの実施について、市町村の図書館を通じて広報していく取り組みなどを今は考えている。

Q. 住民の中には図書館への関与が深い層と浅い層が存在する。関与が深い層、関心が深い層の意見をすくい取ることが有効だと考えるが方法はあるか。また、関与が浅い層を排除するようなイメージを持たれないようにする方法はあるか。

A. 住民と図書館の関係において、「深い・浅い」や「近い・遠い」という距離感は存在する。関与や関心が深い層よりもむしろ、「浅い」「遠い」層に対して、「利用者」を増やすのではなく、図書館の存在を支持し擁護(advocate)する住民の数を増やす取り組みが必要ではないか。

以上