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トピックスのとびら

図書館には図書、雑誌、神奈川資料、新聞、視聴覚資料、インターネットといったたくさんの情報のとびらがあります。
そのとびらを開いて、時事的な話題を複合的な視点から紹介します。

No.122 還暦を迎えた本たち(2015年9月発行)

 1955(昭和30)年は、初のアルミニウム貨幣(1円硬貨)が発行された年でした。8月に第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催されました。この年、「ボディービル」、「ノイローゼ」(高尚な病気になったような気がすることから)などの言葉が流行語に選ばれました。電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが三種の神器といわれる時代でした。
 図書はまだまだ教養を代表するものでもあり、リビングの書棚に百科事典や文学全集をひと揃いそろえるのが、一般家庭のステイタスでもありました。世界に目をむけると、5月にソ連・東欧8か国がワルシャワ条約機構を結成するなどの動きがありました。
 『出版年鑑 1956年版』によると、1955年の出版総点数は、21,653点でした(その内、新刊は13,042点、重版は8,611点。)当館所蔵の1955年刊行の図書は、約5,300冊あります。今回は、誕生60周年を迎えた本たちを所蔵資料の中からご紹介します。

図書のとびら

紹介資料表紙 『広辞苑』 
新村出 編 岩波書店 1955年 請求記号:BS1955/7  (22651319)書庫 常置 

 戦前に百科的語彙の豊富さと説明の明快さをもって定評のあった『辞苑』の改訂増補に着手して以来十余年、国語辞典と百科事典を兼ね備えた画期的な辞書として刊行されました。谷崎潤一郎や川端康成らが推薦文を寄せるといった華々しいデビューぶりで、100万部のミリオンセラーとなりました。通常は青いカバーでおなじみの『広辞苑』ですが、今年は、「還暦」を記念して赤いカバーが作られました。

紹介資料表紙 『大漢和辞典』 巻1
諸橋轍次著 大修館書店   1955年 請求記号:813.2/34/1(11833266)書庫 常置

 1943(昭和18)年、巻2の印刷作業の途中で、戦災により原版等を消失したため、巻2以降は刊行されていません。1955(昭和30)年に復刊1号を刊行しました。 ちなみに、内容は、全13巻 (本文:巻1~巻12、索引:巻13)。1955年~1960年に刊行されました。 『戦前版』の校正刷りを元に、全面改稿したものです。

紹介資料表紙 『太陽の季節』 
石原慎太郎著 新潮社 1956年 請求記号:913.6/1659 (21116207)公開 受賞作コーナー

  1955(昭和30)年、石原慎太郎は一橋大学在学中に『太陽の季節』で第1回「文学界新人賞」を受賞しました。そして翌年、第34回「芥川賞」(1955年下半期)を受賞しました。ニヒリスティックで肉体的行為のみを信じる拳闘部の学生津川と、ブルジョワの娘英子の背伸びした性愛とを描き、若者たちの意外に健康で必死な愛と死を展開しました。発表直後から衝撃的な作品として、賛否両論で文壇を賑わせ、「太陽族」の出現と、社会現象にまでなりました。

紹介資料表紙 『強力伝』 
新田次郎著 新潮社 1974年 請求記号:918.6/329/ 1 (12087086) 書庫

 富士山の強力・小宮正作は、白馬岳山頂まで50貫(約187キロ)もの山の方向を指す風景指示盤という巨石を背負って登ることになりましたが・・・。著者は、もともと気象庁の技官であったのですが、「強力伝」は、富士山の測候所で働いていた時のエピソードを元に書いたものです。 『新田次郎全集 1』に所収。 第34回直木賞受賞(1955年下半期。)

紹介資料表紙 『うちの宿六』
福島慶子著 文藝春秋新社 1955年 請求記号:BS1955/5 (12798013)書庫 常置 

 エッセイスト福島慶子の随筆集です。「うちの宿六」、「安井画伯の肖像を描く」、「回想のマチス」などが収録されています。表題作の「うちの宿六」が『文藝春秋』に載った時は、面白かったと喜んでくれた人もたくさんいたそうですが、随分、非難も受けたそうです。これを本にまとめることとなって、夫である美術評論家福島繁太郎が「わが女房」というタイトルで書いた一文を序文がわりに載せることにしたそうです。1955年のベストセラーの1冊です。

雑誌のとびら

紹介資料表紙 「ベストセラーの戦後史(11)     新村 出編 『広辞苑』  井上ひさし  」
『文藝春秋』 文藝春秋   第66巻第4号 1988年4月 p372-377 請求記号:Z051/12

 第1版を入手したときのあの感激!と井上ひさし氏は語っています。『広辞苑』は景色の一つであり、一時期、随筆やエッセイの出だしを、「広辞苑によれば」という句で始めるのが流行したことがあります。そしてその言葉が流行しすぎて廃れると「広辞苑にはまだないが」という出だしが考え出されたそうです。 また、『広辞苑』の内容チラシがまかれ、どれもこれも力のこもった名文であったそうです。『辞苑』を愛用していた川端康成は、「その『辞苑』 を増訂改新した『広辞苑』は、終生私の机上師友となるだろう。」と語ったそうです。

紹介資料表紙 「私たちはなかよしとりぼんでできている  構成:ライター 矢内裕子」
『AERA』 朝日新聞出版 第28巻38号 通巻1524号 2015年9月7日 p34-46 請求記号:Z051/12

・少女たちの夢を支えて60年 ・[有閑倶楽部]一条ゆかりさん 女性の自立を応援したい  ・月刊誌を待つ濃密な時間 [おはよう!スパンク]たかなししずえさんが語る、編集者やファンの支え読者との時間 ・「なかよし」×「りぼん」編集長初対談 ・「りぼん」派?「なかよし」派? 付録、全員プレゼント、読者投稿欄・・・。発売日が待ち遠しく、いつもそばにあった雑誌。少女たちの夢を支えて60年。両誌がなかよく、還暦を迎えました。よきライバルとして60年間、その時代での少女たちの大切な友だちとしてあり続けました。『なかよし』の創刊は、1955年1月号(発売は前年12月)。「リボンの騎士」、「キャンディ キャンディ」など。一方の『りぼん』の創刊は、1955年8月。「たそがれ時にみつけたの」、「ちびまる子ちゃん」など。「りぼん」派の人も「なかよし」派の人も楽しく、読めます。

紹介資料表紙 「完全保存版 「われらの昭和30年―50年前、この国には希望があった」 /「1955 この国のかたち-立花少年十五歳、広辞苑発刊もこの年だった」(立花 隆) ほか」
『文藝春秋』 朝日新聞出版 文藝春秋 第84巻7号 2006年5月 p261-346  請求記号:Z051/12

 60年前の日本、昭和30(1955)年前後の時代に焦点をあてた特集号。 立花隆は、1955年という年を歴史的に最も有名にしたのは、「55年体制」という言葉だろうと、55年体制を産んだ世界政治の流れについて語っています。他にも“「太陽の季節」と弟・裕次郎と”題して、石原慎太郎が弟・裕次郎の世界を題材に書いた『太陽の季節』にまつわる当時の論争について話しています。“「光子の窓」はテレビの窓”では、永六輔が、生放送が当然の時代、すべてが新鮮だったと、1955年のテレビについて語っています。

視聴覚資料のとびら

『Rock Around The Clock 』 《ロック・アラウンド・ザ・クロック》   
請求記号:JLP / 73(41234113)視聴覚資料室書庫

「BLUES BOOGIE AND BEAT」の中に収録
BILL HALEY & HIS COMETS (ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ) 演奏。 ロックン・ロール・ブームの口火を切る作品です。世情が安定すると、国民生活にも余裕が生まれました。日本経済は高度経済成長をまっしぐらに走り、そして、ロカビリー旋風が日本中を吹き荒れたのです。この曲は、グレン・フォード主演「暴力教室」(1955年公開)の映画のテーマ曲となりました。

『エデンの東』
請求記号:LD79.12/193(41071499) 視聴覚資料室  常置

[原作]スタインベック、[出演]ジェームズ・ディーン、[監督] エリア・カザン
 父親の愛情を得ようと悩む青年の成長を描くアメリカ映画(1955年公開)。旧約聖書のカインとアベルの物語を原点とするスタインベックの長篇小説を映画化したものです。映画初出演のジェームズ・ディーンが絶望と孤独を見事に演じています。 レナード・ローゼンマンの忘れられない主題曲が心を揺さぶります。
※館内視聴できます。

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