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トピックスのとびら

図書館には図書、雑誌、神奈川資料、新聞、視聴覚資料、インターネットといったたくさんの情報のとびらがあります。
そのとびらを開いて、時事的な話題を複合的な視点から紹介します。

No.119 ラジオ90年(2015年5月発行)

 ラジオは、さまざまな側面を持っています。1925(大正14)年3月22日、関東大震災から1年半後の早春、朝9時30分。東京・芝浦の小さなスタジオから、日本のラジオ第一声が流れました。1920年代から1960年代は、まさにラジオの時代でした。戦後、テレビが普及するまで、ラジオはお茶の間の主役で、人びとはラジオの「音」に一喜一憂しました。戦後70年の今年は、戦時下でラジオが果たした役割について考えたいと思います。敗戦の日、玉音放送が流れたのはラジオでした。そして、災害時の命綱としてのラジオ。ラジオは停電しても聞けるうえ持ち運びができます。もうひとつは、日常のなかの居場所としてのラジオ。ラジオの持つさまざまな側面を所蔵資料の中からご紹介します。

図書のとびら

☆戦時下でラジオの果たした役割

紹介資料表紙 『20世紀放送史』 全3巻(上巻・下巻・年表・年表付属CD-ROM)
日本放送協会 日本放送協会 2001年 請求記号:699.21/19/1~3 全3巻(21489935)(21489943)(21489950)(13474192)書庫

 「ラジオ」については主に上巻に記載されています。ラジオの誕生、JOAK(現在のNHK東京ラジオ第1放送)の第一声(「アーアー、聞こえますか?JOAK、JOAKこちらは東京放送局であります」)、戦時下の放送、占領と放送、NHK・民間放送の併存体制、全盛期のラジオなどラジオの歴史が書かれています。 ※下巻は、「テレビ時代」と「多メディア時代」。3巻目は、年表。

紹介資料表紙 『太平洋戦争下 その時ラジオは』
竹山昭子 朝日新聞出版 2013年 請求記号:699.21/58(22711592) 公開

 太平洋戦争の開戦でラジオが変わりました。「国民合唱」という名の音楽番組が誕生し、歌による士気高揚「国民合唱」が放送の柱になりました。戦時のラジオ放送を体験した著者が、国策の下に苦闘する「放送人」の姿や、信時潔(のぶとききよし)作曲の「海ゆかば」(作詞は、万葉集巻十八 大伴家持)の軌跡などを綴っています。

紹介資料表紙 「ラジオが語る子どもたちの昭和史」 全3巻
昭和少年少女文学館編著 大空社 1992年 請求記号:699.21/5/1~3(20505228)(20505236)(20505244) 書庫

 日本放送出版協会発行の月刊誌「ラヂオ子供のテキスト」(誌名に数回変更あり)の復刻版。昭和3年11月放送号から昭和16年4月放送号までと、その後に発行された「ラジオ少国民」の一部を収録してあります。第3巻には「子供のうた100曲」(楽譜つき)を掲載しています。また、作詞者と作曲者の経歴紹介を添えています。(この部分は、今回の復刻に際して、追加。)

☆災害メディアとしてのラジオの定着

紹介資料表紙 『小さなラジオ局とコミュニティ -3.11から962日の記録』
災害とコミュニティラジオ研究会編 大隈書店(大津市) 2014年 請求記号:369.31/435 (22750814) 公開

 本書は、東日本大地震発生後から現地入りし、支援活動をした962日の記録です。被災地のコミュニティラジオの状況について概観し、被災地の臨時災害放送局の実態を調査し、その調査をもとに地域コミュニティの再生において、臨時災害放送局を含むコミュニティラジオの果たすべき役割とは何か、そしてそれを支えるためにどういった仕組みが必要なのかを提示しています。

☆日常のなかの居場所としてのラジオ

紹介資料表紙 『遠くの親戚より近くのラジオ』 ーNHK「ラジオ深夜便」打ち明け話
"宇田川清江 二見書房 1993年 請求記号:699.6BB/102(20573952) 書庫

 深夜便がスタートした当初、どんな人がどんな状況で聴いてくれるのか皆目見当がつきませんでした。深夜働いている人?、勉強している人?、車を運転している人?圧倒的に多かったのは老境に入られた方々からの投書でした(本文より)。 同じ時間に一緒に聴いている人々がたくさんいる、という思いがラジオ深夜便の場合は特に強いようです。著者は、「ラジオ深夜便」のアンカー。

雑誌のとびら

紹介資料表紙 「NHKネットラジオ らじる★らじる   今秋からスタート : 若い世代にも好評の理由とは!? 」(松隈 天、猪瀬 泰美、岡本 隆)
『NEW MEDIA』ニューメディア  29(12) 通巻344号 2011年12月 p8-10 請求記号:Z690.5-10

 NHKネットラジオ「らじる★らじる」は、ラジオ第1、ラジオ第2、FMの番組をインターネットを通して放送と同時に提供するサービスです。山間部や鉄筋コンクリート造りのマンションの室内で聞こえづらかったりする状況の改善を目的としています。インターネット環境が整っていれば、ラジオ放送をノイズの少ない音で聞くことができます。

紹介資料表紙 「真夜中のコミュニケーション」(座談会:赤塚行雄、亀淵昭信、高木教典 司会:石綿敏雄)
『言語生活』 筑摩書房  1976年6月 p2-15 請求記号:Z805-1-76-1

 深夜放送を特集しています。深夜放送が登場した時には、まさかあれほどの爆発的なブームになるとは放送局でも思っていなかったことでした。座談会では、「深夜放送のあゆみ」、「若い人をとらえるには」、「聞く世代が変わってきた」、「放送局の責任」、「放送に個性を」などをテーマに話し合っています。

紹介資料表紙

紹介資料表紙 「ラジオの報道について」(阿部眞之助)
『文芸春秋』 文芸春秋社 通巻446号 1995年10月 巻末付録  復刻昭和20年10月號 第23巻第4號 p20-23 請求記号:Z051-12

 敗戦直後、阿部眞之助(ジャーナリスト、政治評論家)は、『ラジオの報道について』と題し、政府の意思の伝達装置としての性格が濃かった太平洋戦争下の放送のありようを的確にとらえ次のように書いています。  「今度ぐらゐラジオの重要性が痛感されたことはなかった。(中略)殊に空襲の情報は、その必要を絶對的にしてゐた。新聞もといひたいのだが、私達のやうに地方にゐる戦災疎開者には、交通が亂れて東京の新聞が、何時手に入るか分からぬ情態において、必要性はラジオの補助的の意味しか感ぜられなかった。」(『文芸春秋』 1945年10月号 原文のまま)

新聞のとびら

 「お許しが出ず、初放送突然延期。逓信省で機械不完全と認め、けふは音楽だけ試験的にやる。放送局の大狼狽。」(新聞見出しより)  ・・・大正14年3月1日、日曜日。配達された新聞の社会面のトップにこのような見出しがあって、人びとを驚かせました。
『東京日日新聞』 1925(大正14)年3月1日 P7

視聴覚資料のとびら

ラジオ体操第1第2
請求記号:CD45(41046632) 視聴覚資料室公開
 このCDには、「ラジオ体操第1 号令入り」、 「ラジオ体操第2 号令入り」が収録されています。また、号令なしも収録されています。  さて、ラジオ体操は、1928(昭和3)年11月1日、昭和天皇の大礼記念事業として東京中央放送局で開始され、日本列島にとどまらず、その当時は日本の領有下にあった朝鮮、樺太、台湾にまで及び、日本人の生活習慣として定着するまでになりました。他のラジオ番組とは異なり、逓信省簡易保険局という国の行政機関が主体的にかかわって番組を生み、育て、成長させてきました。  

インターネットのとびら

民放ラジオ   「radiko(ラジコ)」 
http://radiko.jp/
NHK以外の地域のFM、AMラジオをインターネットで聴けるサービスです。  

NHK ラジオ   「らじる★らじる」   
http://www3.nhk.or.jp/netradio/
NHKのラジオをインターネットで聴けるサービスです。