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トピックスのとびら

 図書館には図書、雑誌、地域資料、新聞、視聴覚資料、インターネットといったたくさんの情報のとびらがあります。
 そのとびらを開いて、時事的な話題を複合的な視点から紹介します。

No.110 ドキュメンタリー映画に魅せられて(2014年9月発行)

 現代社会は明快な解決策の見いだせない多くの問題を抱えています。複雑に絡み合った問題に直面している私たちにとって、今必要なのは深く思考することなのかもしれません。今年度県立図書館では、社会について考えるをテーマに、「ドキュメンタリー映画を通して見る世界」と題した図書館カレッジを11月に開催します。
 フランスのリュミエール兄弟がエジソンの機械を改良し、初めて映画の上映を成功させた1895年以降、映画は画期的に世界各地に広がっていきました。そして1922年、名もないイヌイット一家の実生活を追ったロバート・フラハティ監督の『極北のナヌーク』(アメリカ)は人々に大きな衝撃を与え、ドキュメンタリーという独自のジャンルが認知されるようになります。現実を素材とするドキュメンタリー映画は、社会の在り方について問題提起し、私たちに新たな目をもたらす力をもっています。近年、日本でも劇場公開される機会が増えているのは、それだけ人々が考える機会を求めているからではないでしょうか。

図書のとびら

『ドキュメンタリー映画の地平 世界を批判的に受けとめるために 上・下』
佐藤真著 凱風社 2001年 請求記号:上778.7KK 114 1(21346440) 下778.7KK 114 2(21346457)公開

 世界各国で数々の受賞に輝いたデビュー作『阿賀に生きる』(1992年)で知られ、後に京都造形芸術大学で後進の指導にもあたった故佐藤真監督の代表著作です。本書では海外も含めて8つの方法論と16人の作家を取り上げて論じており、ドキュメンタリー映画がどのように誕生し、人々に受容されていったかその流れをつかむことができます。「ドキュメンタリーとは、映像表現による現実批判である。」と語る佐藤監督。ドキュメンタリー映画は、あくまでも作家の意図によって再構成された<虚構=フィクション>であり、その<リアリティ=現実感>が、実際の現実に対する何らかの批判になるとしています。そして、観客の覚醒と批判精神への信頼なしには成り立ちえないと。

『ドキュメンタリーは嘘をつく』
森達也著  草思社 2005年 請求記号:778.7PP 119(21820642)公開

 著者は、オウム真理教の荒木浩を主人公にしたドキュメンタリー映画『A』(1998年)・『A2』(2002年)を撮った森達也監督です。当時人々の間にオウム真理教への忌避感や嫌悪が強く残っている中、映画の公開にあたってどのような立場に置かれたのか、その状況を生々しく伝えています。地下鉄サリン事件以降、慢性化した不安によって思考を停止した日本社会。メディアもその流れに追随し、あらゆる現象は善悪といった二項対立に記号化され、わかりやすい情報へとパッケージ加工されています。もしも今の世界が求めているものが曖昧さや葛藤、煩悶の排除ならば、ドキュメンタリーに未来はないと警告しています。

『ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家・土本典昭との対話』
土本典昭・石坂健治著 現代書館 2008年 請求記号:778.7TT 125(22213755)公開

 国鉄のPR映画『ある機関助士』(1963年)でデビューし、1970年代以降は水俣病シリーズを、生涯をかけて撮り続けた故土本典昭監督。対話集である本書が出版された後、2008年6月24日に逝去されています。「ドキュメンタリー映画を作る時、いつもそこには考えることの快楽があった。」青年期に敗戦を迎え、周囲の価値観が180度転換するのを目のあたりにした経験が、土本監督にどう影響を与えたか。水俣病に関する映画を長い間作ってきたことに対し、その理由を「水俣病が私を考え続けさせたから」と語っています。「活字篇」の本書とは別に、藤原敏史監督による映像作品、『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(2006年)も制作されています。

『人間を撮る ドキュメンタリーがうまれる瞬間』
池谷薫著 平凡社 2008年 請求記号:778.7TT 127(22334825)公開

 「あの日がなければ、私がドキュメンタリーを撮ることはなかったかもしれない。」本書の冒頭はこの一文で始まっています。インドのデリーで暴動に巻き込まれた池谷薫氏。彼の目に偶然留まったのは、金物屋を襲っただろう少年が戦利品を抱えて走っている姿でした。しかし一瞬後、少年の戦利品は周りの大人達によって容赦なく奪い去られます。人間の凄まじいエネルギーに満ちた、まるで映画のフィルムのように一コマ一コマが鮮やかな光景。池谷氏はその後監督として「人間を撮る」ことに没頭し、人の心の中に潜む業さえも瞬時にして切り取る映像の無限の可能性にからめとられていきます。その心の動きが伝わってくる一冊です。

『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』
想田和弘著 講談社(講談社現代新書2113) 2011年 請求記号:778.7 131(22539837)公開

 台本や事前のリサーチ、ナレーション、音楽などを使わない「観察映画」という方法論でドキュメンタリー映画を撮っている想田和弘監督。なぜそのような手法をとっているのか。監督は本書で、「ドキュメンタリーは、存在の不確かさ、儚さにこそ、その魅力がある」と述べています。現実を素材にしながらも、そこに作り手の作為と世界観が入り込むドキュメンタリーという表現ジャンルは、「虚と実の間」を揺れ動きます。先の見えない「冒険」としてのドキュメンタリーの原点に立ち返ろうとする監督の試みは、『選挙』(2007年)や『精神』(2008年)、『Peace』(2010年)といった作品にどう結実していったのでしょうか。

雑誌のとびら

「イメージによる被災に抗して 震災以降のドキュメンタリー映画」
『現代詩手帖』思潮社 56巻5号 2013年5月 p67-73 請求記号:Z911.5-169

 東日本大震災はおびただしい量のイメージを残しました。そして、津波を、原発事故を直接体験しなかった人々は、そのイメージによって媒介された「震災」を経験したのです。「東京でぼくらは、映像によって被災したんです。」記事では、『なみのおと』(2011年)の共同監督の一人である濱口竜介氏の言葉を取り上げています。『なみのおと』は、車で津波の被災地を旅しながら人々の声を聞き届けてゆく作品ですが、タイトルにある「波の音」はいっさい流れず、瓦礫も映されません。語る人の数だけ存在している経験を観客に想像させます。私たちの中のイメージに揺さぶりをかけてくるドキュメンタリズムについて、考えさせられる内容です。

「「イルカ殺し」はなぜ悪い-ドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』の思想史的背景をめぐる試論」
『文学論藻』東洋大学文学部日本文学文化学科 88号 2014年2月 p169-194 請求記号:Z910-526

 2010年4月に、和歌山県太地町のイルカ漁を告発したドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』(アメリカ・2009年)をめぐる騒動が日本で起きました。第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、話題となったこの作品。しかし、日本国内からは様々な批判が寄せられたとあります。たとえばイルカの血に染まった入り江を映し出すラストシーンの演出や、築地市場のマグロ売買の模様をイルカだと勘違いさせるような編集方法。映画の表現上「沈黙」させられた太地町の漁民。作品の背景にある、高い知能を持つイルカや鯨の漁をタブー視する欧米諸国の思想を分析しています。

「ドキュメンタリー映画が語る食品地獄」
『kotoba』集英社 15号 2014年春 p102-105 請求記号:Z051-904

 映画評論家の町山智浩氏が、21世紀になって欧米で盛んに作られるようになった「食」に関するドキュメンタリー映画を紹介した記事です。ブームのきっかけとなったのは『ファストフードが世界を食いつくす』(アメリカ・2001年)。ハンバーガー用の牛が、牧場ではなく工場で作られる実態を伝えた作品です。その他にも、洪水のような量の野菜や果物がベルト・コンベアーを流れる不気味さを描き、日本でもヒットした『いのちの食べ方』(ドイツ・2007年)など、問題提起を孕む作品を次々と挙げています。野菜が買えず安いジャンクフード漬けになって、肥満と栄養失調に苦しむ子ども達の姿は、私たちに何を訴えているのでしょうか。

「ドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』監督ジョシュア・オッペンハイマー インタビュー 権力は言う、「あれは正しいことだった」と」
『世界』岩波書店 857号 2014年6月 p264-269 請求記号:Z051-3

 1956年から1966年にかけてインドネシアで起きた、共産党員とその関係者への大虐殺。犠牲者は百万人とも言われるこの「9・30事件」を描いたドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・イギリス合作・2012年)の監督、ジョシュア・オッペンハイマーへのインタビュー記事です。正しいことをした英雄と位置づけられ、当時の様子をカメラに向かって得意げに話す男性。その男性に監督は、当時の行動を再現してみてはどうかと提案し、その過程をカメラで追う手法をとっています。なぜ家庭人でもある人間が他方で隣人を平気で惨殺するのか、それを探ることがこの映画の狙いだったと語っています。

「ドキュメンタリー映画の現状と新たな可能性」
『創』創出版 44巻6号(通巻486号) 2014年7月 p110-119 請求記号:Z051-209

 難解なイメージで観客も少ないと言われてきたドキュメンタリー映画ですが、近ごろでは興業的にも成功する作品が出てきました。大阪・貝塚市で精肉店を営む一家を追った『ある精肉店のはなし』は、2013年にポレポレ東中野で異例のロングラン上映を続け、同館だけで動員1万人、全国では3万人という大ヒットを記録しています。他にも、サンフランシスコにある女性刑務所の演劇グループを撮った『トークバック』(2013年)や、狭山事件をテーマにした『SAYAMA』(2013年)など、話題になった作品を撮った監督達へのインタビューを通して、日本のドキュメンタリー映画界の取り組みを紹介しています。

インターネットのとびら ~ドキュメンタリーを見る~

川崎市市民ミュージアム
http://www.kawasaki-museum.jp/
 1988年11月、川崎市の等々力緑地内に開館した複合文化施設です。ドキュメンタリー映画も含め映像資料を多数所蔵しており、映像ホールでは定期的に企画上映が開催されています。また、ミュージアムライブラリーのビデオコーナーではカタログファイルに掲載された作品を視聴できるようになっています。

川崎市アートセンター
http://kawasaki-ac.jp/
 新百合ヶ丘駅のすぐ近くに位置している川崎市アートセンターの映像館では、ドキュメンタリーも含めて他ではなかなか見ることのできない多様な映画を上映しています。監督や出演者、制作スタッフ、映画評論家など多彩なゲストを招いたトークや解説、講座なども開催しています。

横浜美術館
http://www.yaf.or.jp/yma/index.php
 横浜美術館内の美術情報センターでは、主に作家や美術史、各地の美術館に関する映像資料を所蔵しており、ビデオブースでは580タイトルの視聴が可能です。なお、ビデオライブラリーの書誌データは、ホームページ上で検索できるようになっています。

放送ライブラリー
http://bpcj.or.jp/
 横浜情報文化センター内にある放送ライブラリーは、放送法の指定を受けた日本唯一の放送番組専門のアーカイブ施設で、NHK、民放局のテレビ・ラジオ番組、CM、ニュース映画などを公開しています。ローカル局制作のドキュメンタリーも視聴することができます。

大倉山ドキュメンタリー映画祭 公式ブログ
http://o-kurayama.jugem.jp/
 「大倉山ドキュメンタリー映画祭」は、普段見る機会の少ないすぐれた自主制作のドキュメンタリー映画を、横浜の大倉山記念館で上映する映画祭です。映画監督や地元のボランティア等でつくる実行委員会の主催で運営されており、2014年2月には第7回の開催を迎えました。

KAWASAKI しんゆり映画祭
http://www.siff.jp/siff2014/index.html
 「KAWASAKIしんゆり映画祭」は、川崎市の「芸術のまち構想」の一環として、1995年より新百合ヶ丘駅周辺地域で開催されている映画祭です。市民スタッフが企画・運営の中心を担っており、ドキュメンタリー映画も意欲的に上映しています。