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トピックスのとびら

 図書館には図書、雑誌、地域資料、新聞、視聴覚資料、インターネットといったたくさんの情報のとびらがあります。
 そのとびらを開いて、時事的な話題を複合的な視点から紹介します。

No.106 ゴジラ 還暦を迎える!(2014年5月発行)

 今年神奈川県立図書館は60周年を迎えます。当館が開館したのは戦後間もない1954年のことです。そしてちょうど同じ年に、日本映画界に怪獣映画という新しいジャンルを築いたあの怪獣スター、ゴジラも誕生しました。緻密な特撮と迫力ある演出が一体となった「ゴジラ」は日本だけでなく世界中で反響を巻き起こし、今やゴジラは世界でも有数のポップカルチャー・アイコンとなっています。ちなみにシリーズ26作目の「ゴジラ×メカゴジラ」では、なんと当館も撮影場所の一つとして使われました。
 時代の変化に伴い、水爆大怪獣として登場したゴジラは、新たなイメージを獲得しながら人々に愛され続けてきました。2014年5月(日本では7月)には、1998年以来となるハリウッド版「GODZILLA」が公開される予定です。神奈川県立図書館もまたゴジラと同じように、時代の変化に対応した新たな魅力を備えた図書館を目指して、歩み続けています。

図書のとびら

『東宝特撮怪獣映画大鑑』
竹内博著 朝日ソノラマ 1989年 請求記号:778.21X 116 (201006405) 書庫7門

 東宝特撮怪獣映画作品を、「ゴジラ」(1954年)からリメーク版の「ゴジラ」(1984年)まで豊富な写真で紹介する本書。まず表紙を開くと目に飛び込んでくるのが、シリーズ1作目に登場する対ゴジラ用の兵器、オキシジェン・デストロイヤーの実物大写真です。「怪獣映画 それは『ゴジラ』に始まる。」と書かれたページをめくると、ゴジラはもちろん、キングコング、モスラ、ラドン、キングギドラといった歴代の個性豊かな怪獣スターたちに加え、獣人雪男やガス人間なども次々と現れてきます。夢中になったあの頃がよみがえってくるような、わくわくする一冊です。

『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』
佐藤健志著 文藝春秋 1992年 請求記号:778.21AA 236 (20487302) 書庫7門

 第二次世界大戦後、日本において強い影響力を持った「戦後民主主義」という理念。本書では「ゴジラ」や「ウルトラマン」といった娯楽作品の分析を通して、この理念は重大な破綻を抱えているのではないかと問題提起しています。また、そういった分析に加えて興味深いのが、著者のアメリカでの体験を書いた部分です。1982年、アメリカ・コロラド州のアスペンという田舎町に滞在した著者は、この町に一軒あった日本料理のレストランに入ります。「ゲイシャコース」といったセットメニューに並んでいたのは、なんと「スペシャル・メニュー・ゴジラディナー フルコース30ドル」。アメリカでのゴジラの知名度の高さが伝わってきます。

『ゴジラ生物学序説 妄想から科学へ』
Super Strings サ-フライダ-21編 ネスコ /文藝春秋発売 1992年 請求記号:778.7FF 110(20886677) 書庫7門

 「Super String サーフライダー21」とは、人工知能(AI)研究者を中心に1986年に結成された集団です。「ゴジラ」(1954年)及び「ゴジラの逆襲」(1955年)の2作品に登場する生物種、身長50m、体重2万トンのゴジラを分析対象にするとあるので、一見するとすべてフィクションを扱った本のようですが、実は精鋭の研究者たちが現代生物学をわかりやすく解説した入門書です。取り上げられているのは、なぜゴジラは放射線性物質と共存できたのか、必要なエネルギー消費をゴジラはどうまかなっているのかなどなど。専門的な知識をベースに展開されるユニークな分析に、想像力が刺激されます。

『ゴジラの謎 怪獣神話と日本人』
高橋敏夫著 講談社 1998年 請求記号:778.21GG 289 (21078092) 書庫7門

 アメリカで制作されたハリウッド版「GODZILLA」(1998年)が公開されると、「あれはゴジラではない」という声が日本で上がりました。しかし、その違和感はどこからくるのか、日本人にとってゴジラはどのような存在なのかと改めて問われると実ははっきりしません。著者は本書で、「わかりやすい」、「誰もが知っている」はずの怪獣のゴジラは、実は謎めいた存在なのではないかと指摘しています。ゴジラを考えることは、自明のこととして受け入れられてきた「怪獣(ゴジラ)好きの日本人」という神話をゆさぶることを意味します。崩された神話からいったい何が姿をあらわすのでしょうか。

『ゴジラとアメリカの半世紀』
ウィリアム・M・ツツイ著  神山京子訳 日本経済新聞出版社 2012年 請求記号:778.21PP 389(22660310) 公開

 本書によると、米国心理学会が2002年に行った世論調査の結果、アメリカで人気の映画モンスターの第3位に入ったのは日本生まれのゴジラだったそうです。ゴジラはアメリカデビューと同時に多くの人々を魅了し、今やみんなに愛される存在になりました。自らも物心ついた時からゴジラのファンと書く著者が、アメリカンポップカルチャーの隅々までゴジラが浸透していった歴史を解説しています。ちなみに、普通の女性が婚約指輪を手にした途端に豹変するということを意味する「Bridezilla」など、語尾に「zilla」をつけた言葉も広く使われるようになったとのこと。ゴジラの影響力は言葉にも及んでいます。

雑誌のとびら

「対話 ガメラVSゴジラ 」
『ユリイカ』 青土社 31巻6号 (通巻418号)  1999年5月  p108-118 請求記号:Z911.5-155

 「特集モンスターズ!」の記事の一つです。 「ガメラ3」(1999年)を発表した金子修介監督と、「鉄男」(1989年)で劇場映画デビューした後、怪人映画の作り手として世界的な評価を受けている塚本晋也監督の対談です。子どものころ怪獣に夢中になり、いつかは怪獣が街を壊す映画を撮ってみたいと話す塚本監督が、特撮部分と人間の出る演出部分の合体作業の様子や、怪獣の命名法などを金子監督から聞き出しています。「日本の怪獣の場合、基本的には皆ゴジラのバリエーションなんです。」という金子監督の言葉が印象的です。

「脳力のレッスン(96) ゴジラを生んだ心情-問いかけとしての戦後日本(その10) 」
『世界』 岩波書店 803号  2010年4月  p33-35 請求記号:Z051-3

 三井物産戦略研究所会長の寺島実郎氏による記事です。シリーズ1作目の「ゴジラ」は敗戦からまだ10年も経っていない1954年11月に公開されました。すべてのスタッフが戦争という体験を共有し、水爆の脅威を至近距離のものとして受け止めていた緊迫感が、一つ一つのシーンに描き出されていたと寺島氏は述べています。しかし次々と続編が作られていくうちに、当初の凶暴な水爆怪獣というゴジラのイメージは薄れ、スター怪獣へと変質していきました。このゴジラの変質は日本人の戦争や核に対する意識の変化を反映しているのではないかと指摘しています。

「ゴジラと基地の戦後 親米・反米をどう越えるか」
『中央公論』 中央公論社 126巻11号 (通巻1531号)  2011年10月  p192-203 請求記号:Z051-4

 文芸評論家の加藤典洋氏と社会学者の吉見俊哉氏の対談です。対談の中で加藤氏は、ゴジラは過去からの関係と未来との関係を貫く、両方向性をもったメタファーだったと語っています。水爆に対する畏怖や恐怖といった感情と、原子力がもたらす未来の可能性。奇しくも水爆実験によって生まれたゴジラと同時期に登場したのは、原子力(核融合)をエネルギー源として動くアトムでした。ゴジラとアトムが一緒に出てくるようなメディアミックスがなぜ考えられなかったのか、わたしたちはもっと考える必要があるとしています。

「日本国の形式(6) ゴジラの批評性 」
『新潮45』 新潮社 32巻2号 (通巻370号)  2013年2月  p320-325 請求記号:Z051-142

 批評家の片山杜秀氏が連載で、SF作家小松左京氏とゴジラの関係性を取り上げた回の記事です。大ベストセラー「日本沈没」などで知られる小松氏が京都大学を卒業したのは、原子力潜水艦ノーチラス号が開発され、「ゴジラ」が公開された1954年のことでした。一方では破壊と殺戮を繰り返してやまない怪物でありながら、一方ではそのあまりにいきいきとした活動力によって世界中の人々のアイドルにもなったゴジラ。その両面性は少なくとも小松氏の思想の文脈において、原子力の戦争利用と平和利用に対応していたのではないかと指摘しています。

新聞のとびら ~かながわと「ゴジラ」~

激闘「MM21」全壊? 正月映画ゴジラ対モスラ 時代の象徴舞台に
『神奈川新聞』 1992年9月9日 朝刊 けいひん版 p18
 1992年12月に公開された東宝の正月映画「ゴジラVSモスラ」のクライマックスの決戦シーンは、当時開発中のみなとみらい21が舞台でした。1989年に開催された横浜博覧会を機に大観覧車が建造され、1993年にはランドマークタワーが開業する予定だったみなとみらい21は、まさに時代を象徴する場所として選ばれたこと、神奈川県民の多くがエキストラとして参加したことなどが書かれています。

「不況倒せ」とゴジラに頼み Jリーグ人気あやかり作戦も
『 神奈川新聞』 1993年7月4日 朝刊 全県版 p18
 バブル崩壊後の1993年、景気低迷で厳しい状況にあった横浜市内の各百貨店が、中元商戦を迎えるにあたって個人消費回復のきっかけにとさまざまなキャンペーンを展開したことを記事にしています。そのうち、横浜松坂屋が「不況を打倒せ」と売り場に登場させたのが大きなゴジラの縫いぐるみです。訪れた人々がゴジラの周りに集まっている様子を写した写真も掲載されています。

ゴジラ映画のロケ300人熱演 八景島シーパラダイス
『朝日新聞』 2002年7月29日 朝刊 横浜版 p31
 シリーズ26作目となった「ゴジラ×メカゴジラ」でゴジラが上陸するのは、神奈川県の八景島です。そのシーンの撮影は2002年7月28日、八景島シーパラダイスで行われました。記事には、撮影当日、抽選で選ばれた約300人が逃げ惑う市民を熱演したとあります。また、「ワンシーンに時間がかかって、映画作りの大変さがよくわかりました」といった参加者の声も伝えています。

「ゴジラ」の元特撮美術担当者 閻魔像を修復 海老名の井上さん
『読売新聞』 2003年5月13日 朝刊 横浜版 p3
 地元海老名市の人々に愛された大谷観音堂の「閻魔像」が、「ゴジラ」の第1作から特撮美術を担当し、高い技術力で円谷映画を支え続けた井上泰幸氏によって修復されたことを伝える記事です。海老名市在住の井上氏はこの閻魔像をお参りに何度も観音堂を訪れており、その井上氏の経歴を小林住職が知って修復を依頼したのがきっかけだったそうです。なお井上氏は2012年に89歳で逝去されています。

インターネットのとびら

ゴジラ 東宝公式サイト  ~GODZILLA 1954-2014 60th~
http://godzilla.jp/
 ゴジラ60周年を記念した東宝の公式サイトです。過去の劇場公開作品の紹介では、懐かしいポスターはもちろん、予告編や作品に登場した怪獣や兵器の写真を見ることができます。また、ゴジラと関わりの深い人物に「俺とゴジラとは?」を問うコーナー、「俺とゴジラ」も必見です。記念すべき第一回は元東宝映画代表取締役社長・プロデューサーである富山省吾氏へのインタビューが掲載されています。