トピックスのとびら

図書館には図書、雑誌、神奈川資料、新聞、視聴覚資料、インターネットといったたくさんの情報のとびらがあります。
そのとびらを開いて、時事的な話題を複合的な視点から紹介します。

No.126 婦人雑誌にみる世相(2016年1月発行)

『婦人公論』がこの1月で創刊100周年を迎えました。そこで今回は婦人雑誌をとりあげます。戦後、四大婦人雑誌と称された『主婦之友』・『婦人公論』・『婦人倶楽部』・『婦人画報』。大衆文化の確立、女性読者の増加といった背景に伴い、婦人雑誌は他の雑誌に比べて販売部数を伸ばしていきました。雑誌をみるとその時代がみえてきます。それぞれの婦人雑誌が語る、時代の流れを感じ取ってみてください。



図書のとびら

紹介資料表紙 『<主婦>の誕生  ~婦人雑誌と女性たちの近代~』
木村涼子著 吉川弘文館 2010年 請求記号:051.7/108(22449953)公開

第1部では、明治から大正にかけて多くの婦人雑誌が生まれ、数十万部の発行部数を誇る商業雑誌も登場し、近代社会がもとめる新しい女性像を提示していたことを明らかにしています。第2部では、『婦人公論』と『主婦之友』などを取り上げ、その表紙や記事、読者欄などを分析し、婦人雑誌がいかに「主婦」像をつくりだしたのか解明しています。第3部では、「婦人雑誌」がいかに近代的なジェンダー秩序形成に寄与したのかを読み解いています。

紹介資料表紙 『ミリオンセラー誕生へ!~明治・大正の雑誌メディア~』 
印刷博物館編著 東京書籍 2008年 請求記号:051TT/323(22236376)公開

本書は、印刷博物館主催の展覧会「ミリオンセラー誕生へ!」(会期:2008年9月20日~12月7日)のために制作された図録です。雑誌誕生から昭和初期に大衆文化を担うメディアへと急速に発展した雑誌の成立過程を①「啓蒙の扉」、②「商業誌時代の幕開け」、③「ミリオンセラーの誕生」の3つに区分し、その時代においてどのような雑誌が求められ、読まれていたのかを紹介しています。

紹介資料表紙 『『ミセス』の時代 ~おしゃれと<教養>と今井田勲~』
江刺昭子著 現代書館 2014年 請求記号:A4/エサ(111080172)女性関連資料室2 公開

高度経済成長期まっただなかの60年代初めに誕生した婦人誌『ミセス』。そのスローガンは、「豊かで美しいものを求める婦人層に本物のよさ、美しさ、確かな情報を伝える」というものでした。斬新なレイアウトや知的な特集で、世の女性たちから絶大な支持を得ました。名編集長と謳われ、ファッション界をも牽引した今井田勲の生涯とともに、その実像を描き出します。

紹介資料表紙 『女性誌の源流 ~女の雑誌、かく生まれ、かく競い、かく死せり~』
浜崎 廣著 出版ニュース社 2004年 請求記号:A4/ハマ(110992104)女性関連資料室2 公開 

表紙は雑誌の顔です。表紙をみれば、その雑誌が何を訴えようとしているかわかります。女性誌はまず顔づくりから始まりました。明治から大正の60年間、数多くの雑誌が誕生しましたが、最も顔に注目し、色付の表紙を作ったのは女性誌でした。また、率先して読者にわかりやすい誌面とするために改良に力を注いだのも、女性誌でした。ひとりでも多くの人に読んでもらおうと新聞に広告を載せたのも、自らの雑誌に他の企業広告を載せることで収益を得る工夫をしたのも女性誌でした。そんな女性誌の源流をたどります。

紹介資料表紙 『まるごと一冊雑誌の本』
女性のための編集者学校出版局 女性のための編集者学校出版局 1988年 請求記号:A4/マル(110084498)女性関連資料室2 公開

本書は、「明るく豊かな生活は婦人誌からやってくる」や「広告から女性誌の横顔がみえてくる」など女性誌に関するさまざまな考察が載っています。特集記事は、「女性たちはどんな雑誌を読んでいるのか?」、「もっとドキドキさせてよ!女性誌を好き勝手に読んでみる」など。いままで聞こえてこなかった声が聞こえる雑誌にしたいという編集方針のもと、まるごと一冊雑誌の本です。

雑誌のとびら

紹介資料表紙 『婦人畫報』
婦人画報社 1905(明治38)年 7月創刊 請求記号:B1/フジ/ヤ (山川文庫)女性関連資料書庫1 常置

日本で最初の女性向け高級グラフ雑誌。近事画報社が創刊。初代編集長は、国木田独歩でした。画報の名が示すように視覚に訴える写真版が売り物でした。1906年、独歩は独立して発行を続けましたが経営に失敗。1907年8月、島田義三の東京社(のちの婦人画報社)に継承されました。一時『東洋婦人画報』と改題されました。また1944年5月、『戦時女性』に統合されましたが、敗戦後の翌年10月に『婦人畫報』として復刊しました。ハイセンスな既婚女性層を読者対象とする編集が行われていました。

紹介資料表紙 『婦人公論』
中央公論社 1916(大正5)年1月創刊 請求記号:Z051/9 女性関連資料室1

1913年1月『中央公論』の嶋中雄作が中心となって発行した臨時増刊・婦人問題号がきっかけとなって、1916年1月『婦人公論』は生まれました。新しい近代的自我、女性の自覚、解放をうながすことを目的としており、『主婦之友』『婦人倶樂部』といった生活実用誌とは一線を画した内容となっています。婦人参政権運動問題、母性保護論など女性問題を多く取り上げているのが特徴で、知識階級の女性をターゲットにしていました。2016年1月で創刊100年を迎えました。

紹介資料表紙 『主婦之友』
東京家政研究會 1917(大正6)年2月創刊 2008年6月休刊 請求記号:A2/シュ 女性関連資料書庫1

同文館書店の住み込み店員として下積みから始めた石川武美が創刊しました。最初は発行部数1万部ほどでしたが、中流家庭の主婦に焦点を絞り、編集の柱を貯蓄や病気などにしたところ、特に既婚女性に多く読まれました。1920年には10万部を超え、婦人雑誌第1位の発行部数となります。付録に初めて「家計簿」をつけました。1921年に社名を主婦之友社に改名し、1954年1月には誌名を『主婦の友』に変えました。2008年6月に休刊となるまで戦時中も途切れることなく継続して刊行されました。

紹介資料表紙 『婦人倶樂部』
大日本雄弁會講談社 1920(大正9)年10月創刊 1988(昭和63)年4月休刊 請求記号:A2/シュ 女性関連資料書庫1

野間清治が設立した現在の講談社が創刊した雑誌です。大正から昭和にかけて、菊池寛・久米正雄・佐藤紅緑・吉屋信子らの通俗小説の発表の場としても隆盛しました。創刊時の誌名は『婦人くらぶ』と題し、値段も他の婦人雑誌が40銭のところ80銭と高めに設定し、ハイカラな高級誌を目指していました。ところが、販売部数が伸びず、1年後には大衆向け生活実用誌へと大幅に路線変更、『婦人倶樂部』として再スタートしました。

紹介資料表紙 『暮しの手帖』
暮しの手帖社 1948年9月創刊 請求記号:Z590.5/1 女性関連資料室1

花森安治を編集長に迎え、大橋鎮子が創刊しました。広告のない雑誌、そして広告がない故に徹底的に行える商品テストという、従来の教養派路線や実用派路線とは異なる『美しい暮しの手帖』が創刊されたのは1948年9月のことでした。のちに『暮しの手帖』に名前を変え、一時期は90万部を超える発行部数を誇りました。〈暮しの変革を理念よりも日常生活の実践を通して〉行おうとする編集方針は当初より一貫しています。

新聞のとびら ~新聞広告より

『婦人公論』
『朝日新聞復刻版』 1915年12月22日  p1
1915年12月22日の東京朝日新聞1ページ目に広告が掲載されています。そこには大きく“婦人公論 中央公論社から發行された讀物本位の新婦人雜誌愈々出づ”と記され、「新年號」として目次が掲載され、「女の讀書慾知識慾は日に日に進歩向上して(・・・後略)」など、印象的なPR文が目をひきます。

視聴覚資料のとびら

昭和の巨星肉声の記録/文学者編 永井荷風
請求記号:CD64 /ショウ(41237868) 視聴覚資料室 公開

『婦人公論』五百号記念の座談会の記録です。谷崎潤一郎が永井荷風に対して終生変わらぬ敬意を持ち続けた事はよく知られていますが、このCDからもそれを伺うことができます。この座談会が生前二人が同席した最後の日となりました。話題としては、『婦人公論』を創刊した嶋中雄作のことや女性記者の波多野秋子についてなど。聞き手:佐藤観次郎(1933年、『中央公論』の編集長。のちに衆議院議員)、嶋中鵬二(嶋中雄作の息子) (1958年9月9日 中央公論社録音)。41分16秒

お問い合わせ先へのリンク