かながわ資料室ニュースレター第43号(2014年8月発行)

新着資料から

◆『人物でめぐる神奈川県謎解き散歩』  
小市和雄編著 KADOKAWA 2014年 [K21/111]

  本書は、神奈川県の多くの著名人について逸話を紹介しています。
  例えば、二宮金次郎といえば薪を背負って歩きながら本を読む像が有名ですが、弟子の富田高慶が書いた尊徳の伝記『報徳記』[請求記号:K157/132/1]には、薪を採る行き帰りに「大学」という儒教の経書を懐に入れ、歩きながら暗誦したと記されており、歩きながら読んだとは書かれていません。しかし明治24(1891)年に、幸田露伴が『二宮尊徳翁』[請求記号:K157/14]で、歩きながら読む金次郎の絵を発表したため、以後、そのイメージが定着したのだろう、と本書は述べています。加えて平成22(2010)年に出された『金次郎MAP』[請求記号:K157/659]より、県内には座って本を読む像があるなど、他のポーズの金次郎像が7体あるという調査結果も紹介しています。
  また、弟子の福住正兄が箱根の近代化に貢献した話も語られています。

◆『里山ってなんだ! 「やま」の手入れはなぜ必要なの?』
北鎌倉湧水ネットワーク企画・編集 夢工房 2014年 [K65.4/1]

  本書は、鎌倉の森を守る運動を行う団体の報告や講演を収録したものです。
  北鎌倉の六国見山は、名前が六つの国を見渡せたことに由来するほど眺望の良い所でしたが、現在は森の手入れが行われず、戦後植林された杉とアズマネザサが茂り、日光が入らず生物の多様性が失われた森になっています。そこで北鎌倉湧水ネットワークの人たちが伐採や下草刈りの提案や実施を行うと、自然はそのままがいい、という観点から住民や自治体から反対の声があがりました。こうした意見に対し本書は、鎌倉の森はアマゾンの森林ではなく、農耕と共にあった里山で、手入れが重要と訴えています。また、木が密集して生えると根がしっかり張れないため一斉に倒木し、災害に繋がると警告しています。
  後半は台峯の自然保護をテーマに、地元のお年寄りたちが、谷戸の池に纏わる子供の頃の思い出を交えて討論する様子を紹介しています。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者 出版者 出版年 請求記号
一遍の道石井由彦愛媛新聞サービスセンター2014K18.52/111
実録戦国北条記伊東潤エイチアンドアイ2014K24.7/155
レンズが撮らえた幕末明治日本の風景小沢健志山川出版社2014K26/116
山内上杉氏黒田基樹戎光祥出版2014K28/437
なぜ、川崎モデルは成功したのか?藤沢久美実業之日本社2014K31.21/98
「おさかなポスト」が教えてくれることたけたにちほみ佼成出版社2014K48.21/3
定食と古本ゴールド今柊二本の雑誌社2014K67/269
鎌倉のカフェで君を笑顔にするのが僕の仕事堀内隆志湘南社2014K67.4/26
葉山一色の海宮司信吾用美社2014K74.34/1
下手くそ中澤佑二ダイヤモンド社2014K78/285
真っすぐに生きる。井上尚弥扶桑社2014K78/286
岡山劇場岡山一成モシダーヂ2014K78/287
古典と歩く古都鎌倉佐藤智広新典社2014K91.4/100
おいしそうな草蜂飼耳岩波書店2014K98/75
東海道五十三次写真紀行産業編集センター産業編集センター2014K291/800
地形と鉄道「絶景」路線の旅今尾恵介平凡社2014K291/802
これでいいのか東京都町田市諸友大マイクロマガジン社2014K291.98/206

コラム・かながわ・フォーカス

[神奈川の祭り ~昭和の記録写真から~]

≪お水取り・世計り神事(よばかりしんじ)≫…葉山町(森山神社)
  葉山町指定重要文化財(無形民俗文化財)

 ◆写真撮影日:昭和36年8月21日 [請求記号:K10,K32]

【解説】
  森山神社は、東大寺を開山した僧良弁が天平勝宝元(749)年頃に草創したとされ、天明元(1781)年に大峰山の山頂から現地の南麓に移ったと伝わっています。また、一帯は古東海道筋に当たります。
  「お水取り」は例大祭に3km先の吾妻神社へ水汲みに行く神事で、宵宮祭に行われる年占(としうら)を「世計り神事」と呼びます。現在は8月末の土日に行われていますが、近年まで8月20・21日に実施されていました。しかし『新篇相模風土記稿』では11月14・15日と記され、貞享2(1685)年の『新篇鎌倉誌』でも11月15日に「お水取り」、1月15日に「世計り神事」と書かれていることから、元は収穫祭と小正月に因む行事と考えられています。
  水を運ぶ輿は水屋と呼ばれ、黒漆塗りで、切妻型の屋根に注連縄をつけ、開き戸に鶴丸の紋が描かれています。午前8時頃に出発し、滝ノ坂の吾妻神社に到着するとお堂に神饌(しんせん)を上げ、祝詞を奏し、樽に井戸 水を汲みます。一同は赤飯を掌で受けていただき、神酒を酌み交わした後、森山神社に戻ります。水を耳のついた甕に移し、五寸の目盛りのある物尺を挿し、麦麹を加えます。甕は木箱に入れて、丸く十二支が書かれた蓋をします。木箱の4隅には、東西南北と各々書かれた木札を観世撚りで括り付けます。さらに、側面に東西南北と書かれた外箱に入れて神殿に納めます。翌年の宵宮祭の夕刻に開封しますが、甕の水は酒に変っています。酒の減った量で五穀の出来を占い、減り方が少ないほど豊作とされます。また、木札が倒れていれば、その方角から暴風が吹く、と判断され、結果は半紙に書いて貼り出されます。

年占の結果の写真
写真1
前日に拝殿の柱に貼ら
れた年占は、「昭和三十
七年度世計 五号 風
平穏気候不順」だった。
お水取りの行列の写真
写真2
花幣(はなしで)で飾った山
車、神輿、水屋、神職らの列
で進み、滝ノ坂の県道沿いに
着くと水屋だけが吾妻神社
へ向かう。
水屋の内部の写真
写真3
水屋には樽2つと神饌の米、
神酒、塩、赤飯を入れた重
箱が入る。道中は水屋を地
面に降ろしてはならない。
井戸の水汲みの写真
写真4
吾妻神社には、昔は祠前に豊
かな湧泉があったが、今は絶
え、社殿右側の掘抜き井戸か
ら水を汲んでいる。

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【参考文献】
『三浦古文化 第6号』 三浦古文化研究会編・発行 1969年 [請求記号:K20.3/3/6a]「森山神社の世計り神事」白石永二著
『郷土誌葉山 第9号』 葉山郷土史研究会編・発行 2012年 [請求記号:K20.34/1/9]
 「良弁勧請 森山神社の古代神事」黒田康子著、「森山社『世計神事』と『三十三年祭』」守谷弘監修
『神奈川県民俗芸能誌 増補改訂版』 永田衡吉著 錦正社 1987年 [請求記号:K38/15A]

(兼松 記)

コラム・かながわ あの人・この人

福山 滝助【ふくやま たきすけ】 文化14(1817)年―明治26(1893)年

  江戸後期・明治前期の報徳事業家。
  小田原古新宿(小田原市浜町)の菓子商・里見勘兵衛の次男で、幼名を多喜蔵とい います。文正3(1820)年に父が亡くなり、早くから菓子の行商などをしていました。
 ある日、菓子が全く売れない村があり、理由を村人に尋ねたところ、この村は報徳 が行われているから、との答えを得ます。そこで同郷の小田原藩士・高木治左衛門に その意味を正したところ、報徳仕法について教えてもらい、感銘を受けたとされます。
  天保14(1843)年に小田原の有志が尊徳を訪ねて仕法を懇請すると、尊徳は喜んで 基金(善種金)160両を彼らに与え、小田原報徳社が結成されました。同年に多喜蔵 も加入し、小田原商人の小島屋忠次郎の仲介で尊徳と面会したとされます。
  弘化元(1844)年に独立し、新宿の絶家を継いで福山姓を名乗ります。一方、小田 原報徳社は善種金を無利息5年賦返還で貸していましたが、長期のため返さない者が 多く、嘉永元(1848)年には善種金が840文に減り、会員も多喜蔵と兄・久蔵を含む 5名になっていました。そこで再興を図り、返還期間を18ヶ月に短縮します。また、 多喜蔵は家業の収入の約2割を毎年推譲しました。やがて小田原報徳社は、明治中頃 には、遠譲社や三河国報徳社に120円を貸与するまでに復興します。文久元(1861) 年には養子の虎之助に家業を譲って滝助と改名し、心学と報徳研究に専念し、報徳社の世話人として尽く しました。
  慶応2年(1866)年、滝助は、安居院庄七の死後、報徳の運動が衰退していた遠州(静岡県)から指導者としての招へいを受けます。一度は断りましたが、翌年、福住正兄を介して再び要請を受けることとなり、結局、これを承諾し、以後、遠州での指導に力を注ぎました。滝助は明治4(1871)年に各報徳社の指導・統括する組織として、遠譲社を磐田郡三川村(袋井市)に設立します。滝助が遠州入りしてから歿するまでに98社の分社を創立させています。さらに滝助の講話を聞いて感銘を受けた旧三河国(愛知県)の田中伊兵衛が有志を募り、明治15(1882)年、滝助の指導のもとに三河国報徳社を創立させます。これを本社として30余社の分社が創立しました。
 滝助は生涯、報徳の書籍を著すことはなく、報徳の指導者として表舞台に立つことはありませんでした。明治26(1893)年に旧三河国八名郡山吉田村(愛知県新城市)で死去し、現地の満光寺と方広寺(静岡県浜松市)、大長院(小田原市)に分骨して葬られました。

福山瀧助翁の表紙
『福山瀧助翁』
小田原市城内国民
学校編・発行 
[請求記号:
 K157.7/14]

福山瀧助の肖像
「福山瀧助翁肖像」
『福山瀧助翁』より。

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【参考文献】
『神奈川県史 別編1 人物篇』 神奈川県県民部県史編集室編 神奈川県 1983年 [請求記号:K21/16-4/1]
『小田原近代百年史』 中野敬次郎著 形成社 1968年 [請求記号:K26.7/2]
『二宮尊徳とその弟子たち』 宇津木三郎著 夢工房 2002年 [請求記号:K157/504]  

 (兼松 記)