かながわ資料室ニュースレター第41号(2014年5月発行)

新着資料から

◆『二宮金次郎 日本人のこころの言葉』  
二宮康裕著 創元社 2013年 [K157/675]

  二宮金次郎というと薪を背負って本を読む少年像が有名ですが、大人の金次郎の実像はあまり知られていません。本書では金次郎が残した多くの日記・書簡などに記された言葉をもとに、報徳思想の内容を易しく解説したものです。
  金次郎が活躍した江戸時代後期は、幕府や諸藩が財政危機に陥っていました。天災も頻発し、大飢饉で人口が減少し、生産力が著しく減退していました。一方で貨幣経済が発達して富が大商人に集中し、農民や下級武士との格差を広げていました。それらの状況は今の時代に似ていると言えます。金次郎は、『報徳訓』で「安民」を実現することによって、納税額が増え、結果的に藩の増収すなわち「富国」にいたる、としています。烏山藩の施策では財政難だからといって増税を強いるのではなく、民に目的をもった金銭を貸与し、労働意欲をもたせています。そうした金次郎の言葉は現代を生きるヒントとなるでしょう。

◆『ローカルファーストが日本を変える 茅ヶ崎から新しいライフスタイルの提案』
ローカルファースト研究会編著 東海大学出版会 2013年 [K36.53/26]

  現在の日本は、グローバル化と東京一極集中が進む中で、地方の衰退が深刻化しています。人口減少や高齢化、格差など様々な課題が山積し、容易に解決策が見出せません。本書は、茅ヶ崎の老舗企業である亀井工業の社長や東海大学の教授らが研究会を作って、「ローカルファースト」という言葉をキーワードに、これらの問題に対する解決を模索しようとするものです。
  「ローカルファースト」の意味について、本書では地元優先・地産地消とだ け翻訳するのは危険、と述べています。その答えを求めて長野県の商店街店 主や青森県の地元スーパー社長と対談し、藤沢郵便局の例などを取り上げ、 アメリカのポートランドで取材をします。そして茅ヶ崎における音楽・スポーツ・建築などの事業を紹介して、最後に「ローカルファースト」の解釈は特定されたものではなく、基本に郷土愛がある、と本書は語っています。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
鎌倉仏教佐藤弘夫筑摩書房2014K18.4/241A
全譯吾妻鏡 第1巻貴志正造新人物往来社2011K24/111A/1
戦国の城は民衆の危機を救った中田正光滝山城跡群・自然と歴史を守る会2013K24.98/43
幕末の知られざる巨人江川英龍江川文庫KADOKAWA2013K28/432
83歳の女子高生球児上中別府チエ主婦の友社2013K28.21/80
介護の会社の創業者の思い津久井督六神奈川新聞社2014K67.1/340
京急400・500形 上佐藤良介ネコ・パブリッシング2014K68/522/1
鎌倉ものがたり読本西岸良平双葉社2013K72.4/107
相模の海と空中志信神奈川新聞社2013K74/101
日本のバレエ渡辺真弓新国立劇場運営財団情報センター2013K76/97
ファンタジアわが人生小林武史神奈川新聞社2013K76/98
鍼医・杉山検校管鍼法誕生の謎新子嘉規桜雲会点字出版部2013K91/109
松平定知さんと歩く全国名城・古戦場めぐり松平定知成美堂出版2013K291/792
相州大山今昔史跡めぐり宮崎武雄風人社2013K291.64/64
あしがらの里・観音の姿足柄/地域づくり研究会足柄/地域づくり研究会2014K291.81/37/6
東丹沢登山詳細図守屋益男吉備人出版2012K292.61/86-2

コラム・かながわ・フォーカス

[神奈川の祭り ~昭和の記録写真から~]

≪大松明(おおたいまつ)≫…小田原市(御幸の浜)

 ◆写真撮影日:昭和38年7月16日 [請求記号:K23,K41]

【解説】
  毎年8月12日(昭和40年代まで7月16日)に小田原市本町の魚市場(現在はない)下の海岸で行われ ていましたが、1990年代後半に途絶えました。昔は別名、浜施餓鬼(はませがき)といい、同町の徳常院(曹洞宗)が、 元禄16(1703)年の大地震と大津波で亡くなった人々の霊を弔うために始めたとされます。また、江戸時代に地元の漁師が海難水死者の冥福と魚介類の供養を行ったのが始まり、との説もあります。戦時中は中断しますが、戦後に復活します。市・商工会議所・漁業組合が共同で主催し、本町の徳常院・無量寺(浄土宗)・妙泉寺(日蓮宗)・妙経寺(日蓮宗)・円福寺(真言宗)・正恩寺(浄土真宗)・福田寺(時宗)・蓮昌寺(日蓮宗)も協力しました。これらの寺院から輪番制で法王が出て午後7時から法要が営まれました。
  大松明は年々縮小し、撮影時は高さ約20m、直径約4.5mとありますが、平成8(1996)年の資料では高さ10m80cm、直径80cmとなっています。昭和43(1968)年の資料では、約3tの麦藁を藁縄で堅く締め、外側を竹でグルグル巻きにし、十数本の綱を四方に附けて安定を保つとしていますが、藁麦の採取が困難になったとあり、平成8(1996)年の資料では材料にオガクズが混じり、支える綱も鉄線に変わっています。午後7時半に読経の響きの中、山伏が火のついた竹竿で、ガソリンを染み込ませた先端に点火します。昔は108本の松明を灯したといいますが、近年は浜に何千本もの線香が立てられました。

大小松明9本の写真
写真1
昭和40年代まで大松明の向
って左に5基と右に3基、高
さ3mの松明があったが昭和
50年代以降は無くなった。
三界万霊の標柱の写真
写真2
松明の向って右側に「三界
万霊」の標柱を立て、忌竹で
囲み、叩き鐘を置いた。そこ
に供物や献花が飾られた。
大小松明が燃える写真
写真3
昭和30年代までは、市
民の捨てたお盆の盛物
が、浜に散乱していたと
いう。
大松明全体が燃える写真
写真4
倒れずに焼き尽くされると
豊漁が約束され、特に根本
まで燃え尽きるとブリの大
漁であるといわれた。

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【参考文献】
『赤い火、浜一面に… 大松明と線香まつり、高さ14メ-トルの大たいまつ、先祖の霊供養、小田原御幸の浜海岸』 神奈川新聞1988年8月15日朝刊湘南版3面
『小田原、大松明と線香まつり、夜空焦がす火の粉の舞』 神奈川新聞1993年8月14日朝刊さがみ西版17面
『神奈川県民俗芸能誌 増補改訂版』 永田衡吉著 錦正社 1987年 [請求記号:K38/15A]
『常民文化研究 第13号』 常民文化研究会編・発行 1996年 [請求記号:K38/155/13] 「小田原の祭礼と民俗芸能」西海賢二著

(兼松 記)

コラム・かながわ あの人・この人

安居院 庄七【あぐい しょうしち】 寛政元(1789)年―文久3(1863)年

  江戸後期の農政家、報徳仕法の伝導者。
  苗字は、「あごい」「あごいん」とも読まれます。また蘆翁(ろおう)・乾坤齋(けんこんさい)・磯翁な どと号し、晩年は義道と呼ばれました。大住郡蓑毛村(秦野市)の大山修験者である朝田家の生まれで、父は権大僧都密正院秀峰法印といいます。庄七は次男だったため、曽屋村十日市場(秦野市)の穀物商磯屋の安居院家に婿入りします。しかし米相場で失敗し、大損をします。そうした折、低利で金を貸すという二宮尊徳の情報を得て天保13(1842)年、下野(栃木県)の桜町まで借金依頼に赴きます。尊徳は公務多忙として面会せず、庄七は風呂番をしながら25日間待ち続けました。結局、面談できませんでしたが、門人たちの話や来訪者との対談から尊徳の教えを学び、仕法書類の筆写に打ち込んだとされます。
 帰宅すると元値商いといって白米を玄米の値で売り、砕けた米や糠、空き俵だけで儲けを得ようとしますが、大変安かったため大評判となり、かなりの利益となりました。やがて妻と別れ、弟・勇次郎と旅に出て、弘化2(1845)年には河内国の杉沢作兵衛のもとにいました。そこで万人講について学び、その勧誘のため、遠見国長上郡下石田村(浜松市)の神谷与平治を訪ね、彼に報徳仕 法を説きます。与平治は兄弟を下石田村に招いて報徳社を結成します。さらに佐野郡倉真(くらみ)村(掛川市)の豪農・岡田佐平 治も感銘を受け、地元に報徳社を結成します。こうして遠州各地に報徳社ができていきました。米麦中心だった尊徳に比べ、庄七は製茶や養蚕も熱心に勧めたといいます。
嘉永6(1853)年、庄七と遠州の代表7名は、日光に滞在していた尊徳と初めて面会を果たし、教諭を受けることができました。その後も遠州を中心に報徳仕法の指導を続けましたが、伝道中に浜松で客死します。しかし庄七の教えは全国的な運動の発端となり、明治8(1875)年に遠江国報徳社が掛川に結成され、後に大日本報徳社に改称します。また、岡田佐平治の孫である良平と喜徳郎は政府の官僚・政治家として報徳運動を広めていくことになります。

安居院義道表紙
『報徳開拓者安居院義道』
鷲山恭平著
大日本報徳社 1953年
[請求記号:K157/405]
安居院庄七の史料は少な
く、関係者の聞書きなどを
もとに執筆された本書が主
な典拠となっている。
安居院庄七肖像
『報徳開拓者安居院義道』口絵
着る物に無頓着だった庄七は、よく
火鉢を傍らに置き、火箸を持って話し
たという。

※画像をクリックすると拡大します

【参考文献】
『神奈川県史 別編1 人物篇』 神奈川県県民部県史編集室編 神奈川県 1983年 [請求記号:K21/16-4/1a]
『かながわの100人』 稲葉博編 神奈川合同出版 1981年 [請求記号:K28/116]
『安居院庄七』 若槻武行著 JAはだの企画・制作 東京六法出版 2009年 [請求記号:K157/646]
『近代西相模の報徳運動』 早田旅人著 夢工房 2013年 [請求記号:K157/674]      

 (兼松 記)

◆子生山の読み仮名について

前号の第40号の「かながわ あの人・この人」で取り上げた子生山について、読み仮名を「こうみやま」と記載しましたが「こいけさん」の誤りでした。訂正いたします。