かながわ資料室ニュースレター第34号(2013年2月発行)

新着資料から

◆『三溪園の建築と原三溪』
西和夫 著 有隣堂発行 2012年 [K62.13/21]

 原三渓は横浜を代表する財界人であると共に美術品の収集家で、建物においても優れた鑑識眼で崩壊寸前の建築物を買い取り再生しました。さらに自邸の庭である三渓園を、土地は自分のものだが自然の風景は私有物とは考えていない、と述べて公開しました。そして関東大震災後は築造を止めて復興に尽くしています。
 三溪園の建物の多くは京都や大阪などからの移築です。また鎌倉からも東慶寺の仏殿や、建長寺内にあった心平寺地蔵堂と見られる「天授院」を移築しています。移築は調査・解体・運搬・組み立ての全工程を、建物の価値を損ねないよう慎重に行う必要があり、大変な手間と労力がかかりました。
 本書において著者は、「臨春閣」の由来について紀州家の別荘である巌出御殿とする定説を覆し、大阪春日新田の会所(江戸時代の年貢の徴収などを行う事務所)とする説を、様々な資料を元に立証していく部分に最も力を注いでいます。

◆『死ぬまでに見たい洋館の最高傑作』
田中禎彦監修、小野吉彦写真、青木祐介・金井健著 エクスナレッジ発行 2012年 [K52/140]

 本書は東京・神奈川の洋館を全ページ、カラー写真で紹介しています。解説文には建築様式の専門的な内容が多く含まれ、冒頭に用語の説明が載せてあります。
 東京編の最後に、神奈川県立図書館・音楽堂を設計した前川國男の自邸が紹介されています。戦時中、モダニストの建築家たちは、材料統制で鉄筋コンクリート造りの設計が困難になります。そこで生み出されたのが木造モダニズムでした。前川邸の居間には、吹き抜けの空間にガラスの格子窓、居間とロフト状の2階を繋ぐ階段などに、県立図書館の本館閲覧室の原型を見出すことができます。
 神奈川編ではまず、ブラフ18番館や山手234番館など、横浜山手の外国人関係の洋館を通して関東大震災による破壊と復興の歴史にふれています。次に別荘地として愛された鎌倉の前田利為別邸(鎌倉文学館)や旧華頂宮邸などについて、設計者の細部のこだわりを余すところなく解説しています。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
多摩の近世・近代史松尾正人中央大学出版部2012K21.29/37
動乱の東国史 3池享吉川弘文館2012K24/475/3
上杉憲顕久保田順一戎光祥出版2012K28/417
駆け抜けた青春-今なお青し 「神奈川の青年運動の記録」編集委員会2012K36/1101
幸せを運ぶ赤い袋三藤達男神奈川新聞社2012K58.1/65
かながわ定食紀行今柊二神奈川新聞社2012K67/258
映画プロデューサー風雲録升本喜年草思社2012K77.4/41
箱根駅伝歴史シリーズ 第1巻 ベースボール・マガジン社2012K78/271/1
二万五千分一地形図・東扇島 平成18年修正 東京4号‐3国土地理院国土地理院2006K292/104/4-3-2006
二万五千分一地形図・川崎 平成20年修正 東京7号‐2国土地理院国土地理院2009K292/104/7-2-2008
二万五千分一地形図・溝口 平成20年修正 東京7号‐3国土地理院国土地理院2009K292/104/7-3-2008
二万五千分一地形図・荏田 平成20年修正 東京7号‐4国土地理院国土地理院2009K292/104/7-4-2008
二万五千分一地形図・横浜東部 平成10年修正 東京8号‐1国土地理院国土地理院1999K292/104/8-1-98
二万五千分一地形図・本牧 平成18年修正 東京8号‐2国土地理院国土地理院2007K292/104/8-2-2006
二万五千分一地形図・横浜西部 平成10年修正 東京8号‐3国土地理院国土地理院1999K292/104/8-3-98
二万五千分一地形図・戸塚 平成19年部分修正 東京8号‐4国土地理院国土地理院2007K292/104/8-4-2007
五万分一地形図・横浜 平成12年修正 東京8号国土地理院国土地理院2001K292/105/8-2000

コラム・かながわ・フォーカス

[神奈川の祭り ~昭和の記録写真から~]

≪三浦按針祭≫…横須賀市(県立塚山公園)

 写真撮影日:昭和38年4月10日 [請求記号:K36]

【解説】
 三浦按針ことウィリアム・アダムズは、日本に渡来した最初のイギリス人とされていましたが、現在は それ以前にイギリス人が平戸に来たことを示す資料が見つかっています。アダムズは永禄7(1564)年、ケント州ジリンガム(現メッドウェイ)に生まれます。オランダ東印度会社の遠征隊に航海長として参加しますが暴風雨に遭い、慶長5(1600)年に豊後国(大分県)臼杵に漂着します。家康に大砲・弾薬等を献じ、砲術や航海術を伝え、信任を得て外交顧問となります。慶長9(1604)年に伊東で80トン、翌年に120トンの帆船を建造し、120トン船は後にメキシコまで航海しています。慶長10(1605)年に、三浦郡逸見(横須賀市)に250石の領地が与えられ、日本人女性と結婚、名も三浦按針(按針とは水先案内人の意味)と改めます。慶長18(1613)年にイギリスよりジョン・セーリスが来日した際、通商許可の仲介を果たしますが、セーリスとの仲がこじれ帰国を断ります。元和6(1620)年4月に平戸で病死しています。
 妻の死後、息子ジョセフが逸見に夫婦の供養塔(按針塚)を建てますが、長い間、荒廃していました。明治維新後、横浜で貿易商を営むジェームス・ウォルタースが供養塔を発見し、日英同盟の影響もあって神奈川県知事やイギリス大使の協力で改修が行われ、1906(明治39)年、塚山公園の原型が完成します。
 按針祭は第2次世界大戦前から毎年、行われていましたが、1935(昭和10)年に中断し、1948(昭和23)年6月に再開されます。以後、毎年4月に塚山公園で開催されています。

按針塚の写真
写真1
右が按針、左が妻の宝篋印
塔(国史跡)。改修時の発掘
で遺骨は出ず、遺体は平戸
に埋葬されたと言われる。
外国人式辞の写真
写真2
1970(昭和45)年の
350年祭には、外務大臣
やイギリス・オランダの
大使、領事らが出席した。
多くの参列者の写真
写真3
1987(昭和62)年に約
200人、1994(平成6)
年には約350人の関係者
や花見客が参列している。
関係者献花の写真
写真4
現在も毎年4月の祭に
イギリス・オランダの大
使代理、横須賀市長らが
出席し、献花している。

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【参考文献】
『ゆかりの地で按針祭 アダムズしのび200人』 神奈川新聞 1987年4月9日 [請求記号:K07/10]
『徳川家康のスペイン外交 向井将監と三浦按針』 鈴木かほる著 新人物往来社 2010年 [請求記号:K25/218]
『三浦按針と横須賀』 山本詔一執筆 平尾信子監修 横須賀市 2009年 [請求記号:K25.31/51]
『三浦按針350年祭』 横須賀市編 1970年 [請求記号:K28.31/41A]

(兼松 記)

コラム・かながわ あの人・この人

木地師 亀吉【きじし かめきち】 生年不詳―明治13(1880)年没

 木地師とは木彫りなどの材料を荒挽きして細工する技師を 指し、紀氏一族が祖先とされます。箱根では極力細かく挽く 挽物細工が発達し、右図の『東海道名所図会』ではケシの 実ほどの「芥子人形」を売る店、伊豆屋を紹介しています。
 『温泉土産箱根草』は江戸町人の箱根七湯巡りを描いた滑 稽本ですが、下図は商人が宿で箱根細工を売り込む場面で、 会話中に、玉子を割る毎に次々と一廻り小さな玉子が現れる 木細工が出て来ます。これは十二玉子と呼ばれる組子細工 で、1つの玉子に11個の玉子が入っています。湯本で挽物 業を営む信濃家には1つの玉子に35個収められた三十六玉 子も残っており、箱根町の重要文化財になっています。信濃 家の伝承や古い職人の聞書により、この細工は信濃家の先祖 が創案したと確認されています。信濃家の『過去帳』によれ ば七代目に亀吉という者がおり、同家に伝わる明治18(1885)年作の『信濃亀吉画像』には長野県埴科郡 松代の産まれで、16歳で郷里を出て、諸国を遊歴後25歳で 湯本茶屋村に来住、信濃家の養子になった様で、以後、67歳で 亡くなるまで定住したとされています。湯本に来住したのが 天保9(1838)年で、その6年後に『温泉土産箱根草』初編が 出版され十二玉子が紹介されていることから、亀吉がこの細工 を創始したと考えられています。
 十二玉子はその後、福禄寿に6人の福の神が収まった「入れ子人形」へ発展し、それが箱根を訪れたロシア人の目にとまります。19世紀末、鉄道事業で財をなしたマモントフが、モスクワ郊外アブラムツェボに文化センターを作り、その工房に夫人が七福神人形を持ち込みます。そこで入れ子式を真似て作られたのがマトリョーシカです。後に生産地はセルギエフへ移り、現地の玩具博物館にモデルとなった箱根の七福神人形が今も保存されています。

東海道名所図会
『東海道名所図会 巻之5』
東陽堂支店 1902年
[請求記号:K291/28/5]
温泉土産箱根草
『温泉土産箱根草 三編巻之上』
為永春水(二世)著 文永堂大嶋屋傳右エ門
1845年 [請求記号:K97.85/24/3-1]

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 【参考文献】
 『箱根町文化財研究紀要 第5号』 岩崎正純著 箱根町教育委員会編 1975年 [請求記号:K06.85/4/5]
 『神奈川県史 各論編3 文化』 神奈川県県民部県史編集室編 1980年 [請求記号:K21/16-2/3]
 『今日のソ連邦』第27巻第23号 ソビエト社会主義共和国連邦大使館広報部編 1984年 [請求記号:Z302.3/14]
 『箱根細工物語』 岩崎宗純著 神奈川新聞社 1988年 [請求記号:K75.85/14]

 (兼松 記)