かながわ資料室ニュースレター第32号(2012年10月発行)

新着資料から

◆『どうなる鎌倉世界遺産登録 ユネスコへの推薦 ジャーナリストが見た「武家の古都」』
高木規矩郎著 パレード東本社発行 2012年 [K291.4/7]

 著者は読売新聞社を退職後、インターネットの通信教育講座で世界遺産に関する講義を行ったり、日本イコモス会員や鎌倉ペンクラブ幹事を務めています。
 本書は鎌倉の世界遺産登録に向けての課題を、取材を通して検証しています。鎌倉は、鎌倉時代からの建造物が円覚寺舎利殿や大仏、荏柄天神社本殿など僅かなため、構成資産として埋蔵文化財が重要な要素を占めますが、遺跡の保全と公開の整備がまだ不十分である、と述べています。また登録推進の運動が行政主導で、市民不在となりがちなのも危惧しています。それに対し、鶴岡八幡宮裏山の御谷の森を乱開発から守った市民運動が古都保存法の成立に繋がった歴史を高く評価し、市民の積極的な参加が登録の鍵となると主張しています。
 本文最後は、ユネスコ事務局長イリーナ・ボコバ女史の「鎌倉と富士山について世界中が登録を待っている」という、希望ある発言で締めくくっています。

◆『横浜外国人墓地に眠る人々 開港から関東大震災まで』
斎藤多喜夫著 有隣堂発行 2012年 [K26.13/17]

 著者は横浜開港資料館の元調査研究員であり、当館で発行している『郷土神奈川 第50号』(2012年 請求記号:K097/3/50)にも論文「鎌倉ハムとその周辺」を執筆しています。
 本書はビジネスや布教など、様々な目的で横浜にゆかりのあった外国人の人生の記録であり、目次に出ている人物のみならず、その関係者の軌跡まで辿っているため、紹介されている人の数は膨大です。記述にあたっては、焼失を免れた受付簿の記録や墓碑から復元された「埋葬者原簿」、英字新聞の追悼記事、『幕末明治在日外国人・機関名鑑』などに基づく徹底した調査が行われています。
 また期間を関東大震災まで、としているのは震災によって居留地社会が崩壊したためと述べ、山手のイギリス海軍病院で迫り来る炎に逃げ場を失った、貿易商ラッセルの話など震災の犠牲となった外国人の逸話も多く収録しています。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
湯山学中世史論集 5 岩田書院2012K24/447/5
生麦事件の暗号松沢成文講談社2012K25.11/25
秩父平氏の盛衰嵐山史跡の博物館勉誠出版2012K28/413
下野小山氏松本一夫戎光祥出版2012K28/414
江と石川村横溝清音羽書房鶴見書店2012K28.18/34
改革者の真贋中田弘PHP研究2012K31.1/236
奇跡の自然岸由二八坂書房2012K46.33/14
おとなの市場見学市場研究会2012徳間書店2012K67/255
江ノ電写真集吉川文夫生活情報センター2006K68.4/42a
横浜F・マリノス20年史 ベースボール・マガジン社2012K78/270/2012
高校野球神奈川グラフ 2012神奈川新聞社神奈川新聞社2012K78/38/2012
源実朝三木麻子笠間書院2012K92/164
でっか字神奈川横浜・川崎便利情報地図 昭文社2012K292/197/2012
住宅地図横浜市中区 201207エム・アール・シーゼンリン2012K292.13/3/201207
住宅地図川崎市中原区 201207エム・アール・シーゼンリン2012K292.21/1-3/201207
住宅地図相模原市緑区1(橋本) 201207ゼンリンゼンリン2012K292.54/5/201207-1-1
住宅地図相模原市中央区 201207ゼンリンゼンリン2012K292.54/5/201207-2
住宅地図山北町 201208ゼンリンゼンリン2012K292.81/4/201208

~かながわ資料室の所蔵展示から~

「神奈川の自慢したい風景」

≪九都県市立図書館企画展≫

 ◆期間:9月14日(金)~11月7日(水)
 ◆場所:本館1階 展示コーナー

 当館では「神奈川の自慢したい風景~九都県市立図書館企画展~」と題して、かながわ資料室にある古書、絵図、写真集などを使って展示会を開催しています。九都県市とは、神奈川県、埼玉県、千葉県、東京都、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市を指し、それらの図書館が、「自慢したい風景」を共通テーマとして、展示会を開催するものです。
 一口に「自慢したい風景」と言っても神奈川県には、美しい風景が多く あり、限られたスペースの中ではとても全てを展示し切れません。そこで 今回は、特に「観光」という視点で県内の代表的な観光地である箱根、大山、江の島、鎌倉に絞って展示をしています。その他、県全体を俯瞰した鳥瞰図なども展示しています。
 箱根は、“箱根七湯”として湯治場の他、山岳信仰や交通の要所としても栄えました。古くから霊場として知られる大山は、近世には“大山講”を通して庶民の信仰を集めました。鎌倉時代の弁財天信仰に始まる江の島は、近世には商人や芸能関係者の“江の島詣”が流行します。そして頼朝が幕府を開いた鎌倉は、江戸時代には寺社や旧跡に富む観光地へと変わり、江の島、金沢を合わせた巡覧が数多く行われました。まだ写真の無い時代、これらの観光地を案内する絵図や道中記が多数発行され、当展示でも取り上げています。その一つをご紹介します。
  『金草鞋 箱根山七温泉江之島鎌倉廻』
 東海道三島宿から箱根・大山を経て江の島・金沢八景を巡り、戸塚に至るまでの社寺、古跡巡りを主とした道中紀行で、十返舎一九の最晩年の作であり、初版は天保4(1833)年と没後に刊行されています。

 展示終了後も、これらの資料はかながわ資料室で閲覧できますので是非、足をお運びください。

展示会場の写真
写真1
展示室の様子

神奈川縣観光圖繪
写真2
『神奈川縣観光圖繪』
吉田初三郎著 神奈川県観光聯合会
1933年[請求記号:K291/417]
金草鞋
写真3
『金草鞋 箱根山七温泉江之島鎌倉廻』
十返舎一九著
[請求記号:K97/130]

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(兼松 記)

コラム・かながわ あの人・この人

小川 泰堂【おがわ たいどう】 文化11(1814)年―明治11(1878)年没

 江戸後期の高座郡藤沢宿の人で、医術を家業としていました。泰堂の直孫である小川雪夫が著した『小川泰堂傳』によると、駿河国清水の回船問屋だった小川佐左衛門の長男長次郎が、藤沢の小林家の養子となり、その長女可那子が、文化10(1812)年に三留新太郎と結婚して藤沢小川家を構えます。この新太郎が初代小川孝栄天佑で、敬業堂と号して医術を天業としました。
 泰堂は、『持法華問答抄』を読んで日蓮に傾倒し、弘化4(1847)年から18年間、『高祖遺文録』の校訂を行います。更に日蓮の伝記として慶応3(1867)年に『日蓮大士真実伝』を発行し、人気を博しました。この伝記では、『江戸名所図会』で有名な長谷川雪担の子、雪堤に絵を描かせています。
 泰堂は、詩歌・茶道・雅楽・柔術を嗜む多才な人でした。地方経済にも関心を示し、市場の開設や交通機関の整備、免税や宿泊費の減額などを軸に循環市場の振興案を作り、地元の農工商に参加させます。藤沢宿内で試案に賛同した者は61名に上りました。そして毎月、数回の市場が開かれるようになり、左図のような当日限りの安値を宣伝したビラを泰堂自ら作成します。ビラは藤沢・鎌倉・三浦・伊勢原などに配られ、相当な効果をあげたと言われています。これに力を得た泰堂は「土地繁栄社」を設立し、市場組織の確立に努めました。他にも石油ランプの導入が蝋燭など既存の産業を圧迫するとされた際、文明利器の活用は経済の発展に繋がると反論し、自ら石油ランプを作っています。
 郷土史の研究も行い、『名所図会』に類する地誌として『我棲里(わがすむさと)』を文政13(1830) 年に弱冠16歳で記しています。その後、藤沢宿の部分を改訂した『ケイ肋温故(けいろくおんこ)』(ケイは“鷄”の右側が隹)を天保13(1842)年に著して、郷土の発展と宣伝に尽くしました。

日蓮大士眞實伝
『日蓮大士眞實伝』小川泰堂著
三教書院編輯部編 三教書院
1935年[請求記号:K18/8]
小川泰堂傳
『小川泰堂傳』小川雪夫著
詩佛泰堂両翁追憶記念會
1940年 [請求記号:
K28.52/1] より泰堂が
作った市場の宣伝文句

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 【参考文献】
 『藤沢市文化財調査報告書 第3集』服部清道著 藤沢市教育委員会 1966年[請求記号:K06.52/1/3]
 『小川泰堂全集 論義篇』小川泰堂著 展転社 1991年[請求記号:K18.52/64]
 『藤沢市史 第5巻』藤沢市史編さん委員会 1974年[請求記号:K21.52/6/5]

 (兼松 記)