かながわ資料室ニュースレター第22号(2011年2月発行)

新着資料から

◆『大いなる神奈川の地盤』-その生い立ちと街づくり-
(社)地盤工学会 関東支部神奈川県グループ編 技報堂出版 2010年[K45/264]

 神奈川県は全国でも都市化が進んだ地域であり、建設事業も活発に行われてきました。それら建造物の建設にあたっては、基礎となる地盤の性質についての詳細な事前調査が必要となります。地盤は人工物ではなく自然の造形物であり地域ごとに歴史や成り立ちに違いがあります。
 本書は、地盤工学会関東支部神奈川県グループが編さんした資料です。神奈川県各地の地盤の地質・地形や成り立ち、地域と都市の土地開発の歴史、そして自然災害と地盤の状況などを写真や図面で分り易く紹介しています。
 地盤を調べてその性質を知るということは私たちが社会生活を送るうえで非常に大切なことです。本書では、県内各地の地盤と社会生活のかかわりを知ることできます。

◆『-企画展- 歌・映画・小説のなかの横浜港』
横浜みなと博物館発行 2010年 [K70/73]

 本書は、平成22年10月9日~11月23日まで横浜みなと博物館において開催された企画展の図録です。
 開港から現在までを6つの時期に分け、レコードや映画のポスター、小説などに描かれた横浜港を実際の横浜港の姿と共に分かり易く紹介しています。
 現在では、みなとみらい地区のランドマークタワーや大観覧車、ベイブリッジなどが加わり、横浜港の変貌は、歌や映画、小説のなかでの取り上げられ方からも知ることができます。
 懐かしいレコードジャケットや映画のポスターには昭和の大スター達を見ることができ、高度成長で勢いに乗る昭和の時代を思い出します。
 巻末には横浜を舞台とした曲名や歌詞に横浜の地名がつく歌・映画・小説が紹介され、横浜を知るツールとしても役立つ一冊です。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
報徳思想と近代京都並松信久昭和堂2010 K157 657
宣教師バラの初期伝道ジェームズ・ハミルトン・バラキリスト新聞社2010 K19 33
比企遠宗の館跡齊藤喜久江まつやま書房2010 K21 101
吾妻鏡 9五味文彦吉川弘文館2010 K24 428 9
湘南のすたるぢぃin昭和神奈川新聞社湘南総局神奈川新聞社2010 K26 110
目で見る相模原の100年金井利平郷土出版社1991 K26.54 3
論集戦国大名と国衆 3黒田基樹岩田書院2010 K28 392 3
いざ鎌倉新潮社新潮社2010 K291.4 405
激アツ!かながわ東京商工リサーチ横浜支店情報部東京商工リサーチ横浜支店2010 K33 175
地価マップ都市計画用途地域図神奈川県 平成22年土地情報センター人文社2010 K34 43-2 2010
大いなる神奈川の地盤地盤工学会関東支部神奈川県グループ技報堂出版2010 K45 264
かながわ定食紀行 おかわり!今柊二神奈川新聞社2010 K67 231 2
東急ステンレスカーのあゆみ荻原俊夫JTBパブリッシング2010 K68 488
週刊歴史でめぐる鉄道全路線 no.10曽根悟朝日新聞出版2010 K68 489
バスグラフィック vol.8ネコ・パブリッシング2010 K68.1 311
世界に愛されたやきもの宮川香山神奈川新聞社2010 K75.1 34
ゆず本郷陽二汐文社2010 K76.1 119
小山明子のしあわせ日和小山明子清流出版2010 K77 44
白い顔の伝説を求めて五大路子壮神社2010 K77.1 105A
ういろう物語山名美和子新人物往来社2010 K97 161
女丈夫大浦慶伝田川永吉文芸社2010 K97 162
『とはずがたり』の鎌倉鈴木良昭港の人2010 K99.4 27

コラム・かながわ・フォーカス

大山の歴史(5) ~大山をめぐる人々~ 権田直助

 権田直助は文化6年(1809)武蔵国入間郡(現在の埼玉県)に医師の子として生まれ、自らも医学を学びました。29歳の時、平田篤胤の門下に入り国学を学び、人々を診る傍ら古医道の研究を重ね、多くの書物を著しました。幕末の動乱期には京に上り、平田派の一員として尊王討幕運動に加わりました。その姿は『夜明け前』(島崎藤村著)にも描かれています。
 明治になると大学中博士、医道御用掛に任ぜられますが、まもなく国事犯の疑いで幽閉されてしまいます。幽閉中は国語古典の研究に没頭します。
 大山阿夫利神社祠官として迎えられるのは、赦免後明治6年(1873)のことです。彼はすでに60才をこえていました。  その間神道者として、卓越した組織的実践力を発揮し、神道社務や信仰組織の体系化、神道祭祀の確立、神教歌の作成等、めざましい成果をあげていきます。

【参考文献】

『惟神道の躬行者権田直助翁』神崎四郎著 1937年 [請求記号:K28.64/2]
『皇典講究所草創期の人びと』国学院大学編 1982年 [請求記号:県立170.2/32]
『徳育資料 第2編』埼玉県教育会編 1980年  [請求記号:K28.64/5A]


コラム・かながわ あの人・この人

蟹殿 洞々【かにどの とうとう】 明和4年(1767年)~天保6年(1835年)

 江戸時代中期~後期の俳人。 上荻野村(現:厚木市上荻野)の生まれ。本名は高橋市郎兵衛、世襲名があり伊兵衛とも名乗りました。
 俳句は倉田葛三(鴫立庵八世庵主)に師事しますが、其角末流の五柏園丈水や江戸派の大白堂系等でも修業しています。俳号については東洞から陶々、そして蟹殿洞々と号しました。
 農業に精を出す傍ら、近所の子どもを集め、先生も務めていたと言われています。  全国を渡り歩いた洞々は、各地の俳人とも親交がありました。文化13年(1816)、全国行脚の記念として、有名な俳人の句を寄せた『的申集』を編集しました。また、画家・文人とても有名であった渡辺崋山は、江戸から厚木までの道中を綴った紀行文『游相日記』に、洞々の名を書き残しています。
 天保6年(1835)7月15日69歳で没し、墓は上荻野字関谷にあり「幽玄斉蟹殿洞々居士」と刻まれています。
 安政2年(1855)、洞々の20回忌には、石神明神社(現:荻野神社)境内に洞々の句碑が建てられました。句碑には「大空は 蓋も實もなし ほととぎす」とあります。また、昭和41年には、生誕200年を記念して洞々生誕の地にも句碑が建てられました。

【参考文献】

『厚木市史』近世資料編3 厚木市教育委員会生涯学習部文化財保護課市史編さん係編 2003年 [請求記号:K21.92/4/4-3]
『厚木文化財調査報告書』第12集 厚木市教育委員会編 1970年 [請求記号:K06.92/1/12]
平成校注『游相日記』涌田佑著 2004年 [請求記号:K99.92/20]
※短冊…飯田九一文庫より