かながわ資料室ニュースレター第18号(2010年6月発行)

新着資料から

◆『読んで分かる中世鎌倉年表』
樋口州男・錦昭江監修 かまくら春秋社発行 2010年 [K24/456]

 本書では、源頼朝が鎌倉入りを果たした治承4年(1180)から豊臣秀吉が北条氏を滅ぼし鎌倉入りを果たす天正18年(1590)までの約400年間を取り扱っています。
 この間に鎌倉を舞台にどのような歴史がくりひろげられたかを、『吾妻鏡』をはじめとする膨大な史料をもとに194項目にまとめ、時系列で分かりやすく叙述しています。
 年表は資料の末巻や付録などに掲載されることが多いのですが、本書のような読む形式の歴史年表はこれまでにない資料です。
 また本書は、鎌倉検定1・2級の参考図書でもあります。  

◆『かながわの記憶』 ―報道写真でたどる戦後史―
神奈川新聞編集局編 神奈川新聞社発行 2010年 [K26/108]

 後に新聞の父と言われるジョセフ彦(本名:濱田彦藏)が、岸田吟香の協力を得て、横浜で手書きの新聞『海外新聞』を創刊しました。これがわが国最初の新聞であり、神奈川県は新聞発祥の地です。その地で生まれ、現在も読まれ続けている神奈川新聞は、明治23年(1890)『横浜貿易新聞』として創刊され、今年で120年を迎えました。
 新聞は日本及び世界各国の事件や事故、政治や経済などの動向から地域の細かな出来事に至るまでを分かりやすく伝え、後世に語り継いでいく情報手段です。
 本書は、神奈川新聞社120周年の記念事業の一環として、以前に出版した『激流~かながわ昭和史の断面』を改訂したもので、終戦の昭和20年から平成21年までの写真を中心に収録しており、戦後の神奈川の出来事を分かりやすく紹介しています。。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
最強の経営コンサルタント二宮金次郎の教え松井健一かんき出版2010 K157/654
尊徳仕法と農村振興稲葉守農山漁村文化協会2010 K157/655
日本人の肖像二宮金次郎岩井茂樹角川学芸出版2010 K157/656
吾妻鏡 8五味文彦吉川弘文館2010 K24/428/8
読んで分かる中世鎌倉年表かまくら春秋社かまくら春秋社2010 K24/456
鎌倉時代学研教育出版2010 K24/457
かながわの記憶神奈川新聞社神奈川新聞社2010 K26/108
関東大震災北原糸子吉川弘文館2010 K26/109
横浜の波止場から阿川尚之NTT出版2010 K26.1/175
国分寺・国立今昔写真帖能地泰規郷土出版社2009 K26.98/46
立川・昭島今昔写真帖豊泉喜一郷土出版社2009 K26.98/47
鎌倉遺文研究 第23号鎌倉遺文研究会吉川弘文館2009 K27/75/23
鎌倉遺文研究 第24号鎌倉遺文研究会吉川弘文館2009 K27/75/24
子どもとでかける神奈川あそび場ガイド 2010年版子育てネットメイツ出版2010 K291/452/2010
神奈川自転車散歩山と溪谷社山と渓谷社2010 K291 701A
横浜 ’11昭文社2010 K291.1/218/2011
これでいいのか川崎市岡島慎二マイクロマガジン社2010 K291.21/161
西さがみの地名田代道弥夢工房2010 K291.7/69
脱・年功!意欲に応える人事給与制度へ横浜市人事給与制度推進担当ぎょうせい2009 K31.1/227
横浜:都市創造ビジョンの構築横浜都市経営研究会学文社2010 K31.1/228
早川村勢要覧早川村役場足柄下郡早川村1922 K35.7/8/22
横浜版学習指導要領指導資料
国語科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/2
横浜版学習指導要領指導資料
算数科、数学科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/3
横浜版学習指導要領指導資料
理科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/4
横浜版学習指導要領指導資料
社会科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/5
横浜版学習指導要領指導資料
家庭科、技術・家庭科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/6
横浜版学習指導要領指導資料
生活科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/7
横浜版学習指導要領指導資料
体育科、保健体育科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/8
横浜版学習指導要領指導資料
音楽科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/9
横浜版学習指導要領指導資料
図画工作科、美術科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/10
横浜版学習指導要領指導資料
YICA 外国語科編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/11
横浜版学習指導要領指導資料
道徳編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/12
横浜版学習指導要領指導資料
総合的な学習の時間編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/13
横浜版学習指導要領指導資料
特別活動編
横浜市教育委員会事務局ぎょうせい2010 K37.1/313-2/14
丹沢の木の家下平勇武田出版2010 K52.61/12
日本の私鉄小田急電鉄広岡友紀毎日新聞社2010 K68/473
日本の私鉄相模鉄道広岡友紀毎日新聞社2010 K68/474
JR東日本全線〈決定版〉鉄道地図帳 vol.3(横浜支社管内編)今尾恵介学研パブリッシング2010 K68/475
湘南EF少年渡邊喜治文芸社2010 K68/476
東急バスBJエディターズ2010 K68/477
温泉リゾート・スタディーズ武田尚子青弓社2010 K68.85/149
鎌倉仏教絵画考林温中央公論美術出版2010 K72/150
美空ひばり歌は海を越えて平岡正明毎日新聞社2010 K76.1/115
キャロル夜明け前 第2章ジョニー大倉青志社2010 K76.21/27/2
Yokohama F・Marinos official handbook 2010横浜マリノス株式会社横浜マリノス2010 K78.1/140/2010
湘南ベルマーレJ1昇格記念bookインデックス・コミュニケーションズ2010 K78.62/21
北条綱成三宅孝太郎学陽書房2010 K97/158

コラム・かながわ・フォーカス

大山の歴史(1)

 大山は丹沢山地の南東部、厚木市、伊勢原市、秦野市にまたがってそびえる標高1200メートルあまりの美しい山です。阿夫利(あふり)山、雨降(あふり)山、大福山、如意山とも呼ばれ、古来より信仰を集めてきました。山頂には巨大な自然石をご神体として祀った阿夫利神社(上社)があり、山岳信仰をもととした修験道が盛んになると、山の中腹に不動明王像を本尊とする大山寺が別当寺として建立されました。
 『大山寺縁起』によると、天平勝宝7年(755年)、東大寺初代別当の良弁僧正(相模国出身といわれています)が大山寺を開創したとされます。武士の台頭に伴い大山寺はその保護下に入り、『吾妻鏡』には、源頼朝や源実朝が寄進や祈願をおこなった記録が残されています。足利幕府とも同様な関係を維持していましたが、室町末期になると力が衰え荒廃していたことが、天台宗聖護院門跡の道興准后が著した『廻国雑記』の記述からうかがえます。
 戦国時代になると小田原北条氏の支配下に入ったようで、合戦勝利の祈祷を命じられたり、寺領を与えられたりした様子が『新編相模国風土記(稿)』に記されています。
 やがて徳川時代になると、大山に大きな変化がおこります。

【参考文献】

『大山寺縁起』大山寺編 1984年 [請求記号:K18.64/23]
『廻国雑記』栗原仲道編 2006年 [請求記号:K99/73]
『かながわ森林プラン』 神奈川県農政部林務課編・発行 1994年 [請求記号:K65/38]
『新編相模国風土記稿』蘆田伊人校訂 1998年 [請求記号:K291/1D/1]


コラム・かながわ あの人・この人

美濃口 春鴻(みのぐち しゅんこう/1733~1803)

 相模国(神奈川県)鎌倉郡下飯田(横浜市戸塚区)生まれ。
 美濃源吾次と称し、安永3年(1774)春鴻と改号。
 松露庵に属した春鴻は戸塚の二之日庵(鶏父)の一人として白井鳥 酔、松露庵烏明、杉坂百明に俳諧を学んだ後、加舎白雄の門人となる。 白雄の八大弟子の一人で、相模俳壇と白雄没後の春秋庵の後見をし、 鳥酔の露柱庵を継ぎ四世庵主となる。倉田葛三(鴫立庵八世庵主)や 遠藤雉啄(鴫立庵九世庵主)が弟子にいる。 享和3年(1803)6月7日71才で没した。
 雉啄が伊奈の中村伯先(白雄門人)と協力し、追善集『寝覚の雉子』 を刊行。ついで七回忌の文化6年(1809)、雉啄が葛三の協力を得 て『鴫の井』(遺句100句収録)を刊行した。

【参考文献】

『横浜の俳人たち』石井光太郎著 1974年 [請求記号:K93.1/56/1]
『露柱庵春鴻句集』石井光太郎編 1959年 [飯田九一文庫]
『飯田九一文庫目録』 神奈川県立図書館地域資料課編 神奈川県立図書館発行 2010年 [請求記号:K09/93]
※春鴻肖像(鴫立庵所蔵)『横浜の俳人たち』[請求記号:K93.1/56/1]より