かながわ資料室ニュースレター第15号(2009年12月発行)

新着資料から

◆『辰巳一 造船大鑑』 日本人最初の先端技術者 ―数学と近代造船―
小野 雄司著 研成社発行 2009年 [K28/384]

横須賀製鉄所はヴェルニー以下、多くのフランス人を招き設立、運営された造船所である。当時の日本は数学用語も確立されておらず、西洋数学をフランス人指導者からフランス語で学んでいた。製鉄所の成否はフランス語と数学そして近代造船学にあった。幕府は日本人の技術者を育成するため製鉄所内に横須賀製鉄所附設学舎を建て、当時最高レベルの材料力学、造船学等を学ばせた。その中で成績優秀だった一人が辰巳一である。彼はフランス留学を命ぜられ、造船学を学び優秀な人物として認められた。後に海軍省の指示により再度フランスに渡り、日清戦争で活躍する三景艦の設計・建造を指揮する。
 本書は、若き辰巳一の力が後に、わが国の数学と造船学の基礎形成に尽力した内容や、本人筆記の学舎時代に学んだ数学講義ノートも紹介されており当時の技術力をみる資料でもある。 

◆『中世鎌倉美術館』 ―新たな美的意義をもとめて

岩橋春樹著 有隣堂発行 2009年 [K70.4/54]

鶴岡八幡宮に伝わる国宝・籬菊螺鈿蒔絵硯箱、建長寺の蘭溪道隆像、また鎌倉五山系詩画軸の巣雪斎図など、中世鎌倉には多彩な美術史上の展開があった。鎌倉美術は、鎌倉の歴史と文化が先人たちの長い創造の時間によってつくりあげられてきた。
 本書は、自分が中世鎌倉美術の展覧会を開催することを想定して、絵画を中心に鎌倉ゆかりの美術品18点を選び、鎌倉の地にあった人々の美意識を明らかにしている。 また鎌倉の社寺巡りのガイドブックは数多く出版されているが、本書は鎌倉の美術を本格的に鑑賞するのに参考になる本である。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
日本で一番不況に強い男瀧澤中中経出版2009 K157/647
近代報徳思想と日本社会見城悌治ぺりかん社2009 K157/649
伊豆の文覚上人吉村作治藤生舎出版1960 K18.4/332
二つの福音は波濤を越えて棚村重行教文館2009 K19.1/194
郷土史蹟桝形城主と其菩提寺犬塚秀健犬塚秀健1935 K24.21/12
吾妻鏡と中世都市鎌倉の多角的研究五味文彦五味文彦2006 K24.4/262
吾妻鏡の謎奥富敬之吉川弘文館2009 K24/448
鎌倉幕府守護職成立史の研究義江彰夫吉川弘文館2009 K24/449
史伝鎌倉源家北条記山口俊章未知谷2009 K24/450
書店おぼえがき奥津廣士麦秋社1991 K28.7/123
外科医須磨久善海堂尊講談社2009 K28/383
辰巳一造船大監小野雄司研成社2009 K28/384
タマケン。知のミュージアム多摩・武蔵野検定公式テキスト学術・文化・産業ダイヤモンド社2008 K291.98/203
ネットワーク多摩
横浜まちづくり市民活動の歴史と現状横浜市立大学国際学文社2009 K31.1/225
総合科学部ヨコハマ
起業戦略コース
もうひとつの横浜事件小泉文子田畑書店2009 K31.1/99 A
身近な経済学原田博夫専修大学出版局2009 K33.21/23
授業デザインの方法と実際赤堀侃司高陵社書店2009 K37.57/35
未曾有の大災害と地震学武村雅之古今書院2009 K45/263
関東病院情報 2009年版 医事日報2009 K49/170/2009
神奈川・千葉・栃木・茨城
基地騒音朝井志歩法政大学出版局2009 K51.92/18
玉川河川水害史小瀬村初男小瀬村初男1989 K51.92/19
Bridge大野美代子鹿島出版会2009 K51/470
横須賀市秋谷・子安地区民家調査横須賀市秋谷・子安地区集落保全調査会横須賀市秋谷・子安地区集落保全調査会1983 K52.31/17
神奈川県内めしどき魚の繁盛店湘南海童社2009 K67/233
極めつけ神奈川の蕎麦72店蕎麦屋で和む会ワンツーマガジ社2009 K67/234
湘南味で勝負のB級グルメガイド(エイ)出版社2009 K67/235
横浜市電 下岡田誠一ネコ・パブリッシング2009 K68.1/305/2
日本の私鉄京王電鉄広岡友紀毎日新聞社2009 K68/464
中世鎌倉美術館岩橋春樹有隣堂2009 K70.4/54
鎌倉彫協同組合創立五〇周年鎌倉彫協同組合鎌倉彫協同組合2002 K71.4/73
鎌倉彫教授会創立四〇周年記念展
百歳王 横浜編小野庄一八坂書房2009 K74.1/86
鎌倉旅行唱歌谷口千波田沼太右衛門1901 K76.4/20
須田輪太郎が語る須田輪太郎須田輪太郎が語る「ひとみ座」人形劇の60年刊行委員2009 K77.21/20
「ひとみ座」人形劇の60年
相手チームを「敵」と呼ばない磯野則雄文芸社2009 K78.4/17
監督川嶋伸次バジリコ2009 K78/249
球界の野良犬愛甲猛宝島社2009 K78/250
ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡ベースボール・マガジン社2009 K78/251
かながわの狩猟神奈川県猟友会神奈川県猟友会1988 K78/252
高校野球神奈川グラフ 2009神奈川新聞社神奈川新聞社2009 K78/38/2009
山本周五郎最後の日大河原英與マルジュ社2009 K91.1/95
横浜開港一五〇年記念百人一首アトム2009 K92.1/288

コラム・開港・フォーカス ~150年前のかながわ15~

 安政6年10月18日  ジェームス・カーティス・ヘボン来日  日本最初の本格的和英辞典『和英語林集成』を編纂

 安政6年(1859)10月18日に来浜し、神奈川成仏寺に住む。文久3年(1863)横浜居留地39番に施療所を開設し、医師として、多くの日本人の治療をする。特に眼科医としてすぐれていた。夫人は英学塾を開き、ヘボン塾として多くの俊秀を育成し、男女共学もここが始まりである。 そして、来日以来8年間日本語の研究をし、慶応3年(1867)には『和英語林集成』を編纂し出版。ヘボン式ローマ字はこの辞書によって広められた。
 また宣教師としても、S.R.ブラウンらと新約聖書の翻訳を行い、旧約聖書の翻訳委員として力を尽くし、横浜指路教会堂を建てた。
 明治25年(1892)に帰米し、明治44年(1911)イースト・オレンジの自邸で没する。施療所跡(テレビ神奈川隣接地)にヘボン顕彰碑がある。

【参考文献】

『神奈川県史 別編1 人物』 神奈川県県史編集室編集・発行 1983年[請求記号:K21/16-4/1]
『ヘボン書簡集』 高谷道男 編 岩波書店 発行 1959年 [請求記号:K28.1/35]
『ヘボン先生、平文さん』 村上文昭 著 武蔵書房 発行 2009年 [請求記号:K28.1/563]


コラム・かながわ あの人・この人

岸田吟香(きしだ ぎんこう/1833~1905)日本の新聞記者第一号

元治元年(1864)の春、「銀公」と呼ばれる若者が眼を患いヘボンの患者となった。32歳の岸田吟香である。吟香は天保4年(1833)4月8日美作久米郡(岡山県)に生まれる。 本名銀次。江戸で昌谷精渓・林図書頭に学び、藤田東湖と交わり秋田藩・水戸藩で林の代講をする。その後、儒学者藤森天山の門人となる。師の天山が幕府から建言(けんげん)の筆者と疑われ彼も追われ、身を隠した。挙母藩(愛知県)の儒官や湯屋の三助、芸者の箱丁、茶飯屋の主人など世を転々とした。
 しかし彼はそんな生活のなかでも、蘭学者の箕作秋坪の門を叩いてオランダ語を勉強していた。そして眼を患い箕作秋坪の紹介で横浜に来てヘボンの治療を受ける。そこで和漢の学識を惚れ込まれ『和英語林集成』の編纂に協力するようになり、印刷するため上海まで同行する。
 吟香が上海滞在中に記録した『呉(ショウ)日記』のなかに「ヘボン、対訳辞書にあたらしく名をつけてくだされ」とある。『和英語林集成』という書名は吟香の命名である。ヘボンより伝授された眼薬の「精(キ)水」を販売して訓盲院設立の資金とした。  その後、彼は横浜で「新聞の父」ジョセフ彦の『海外新聞』を手伝い記者第1号となる。さらに『横浜新報もしほ草』をK・S・ASOM(岸田朝臣桜)の名で発行し、明治6年『東京日日新聞』にも参加している。明治38年(1905)6月7日没する。享年72歳。墓は東京の谷中霊園。

【参考文献】

『神奈川県史 別編1 人物』 神奈川県県史編集室編集・発行 1983年 [請求記号:K21/16-4/1]
『英和・和英辞典の誕生』 岩掘行弘 著 図書出版社 発行 1995年 [請求記号:K83.1/36]