かながわ資料室ニュースレター第14号(2009年10月発行)

新着資料から

◆『決戦!八王子城』―直江兼続の見た名城の最期と北条氏照―
前川寛著 揺籃社発行 2009 年 [K24.98/37]

 八王子城は天正15年(1587)頃、小田原に本拠を置く北条氏康 の三男・氏照によって築かれた城である。標高445メートルの深沢山 (現城山)に築城され、典型的な中世山城であり礎石は今でも当時のま ま残っている。
 今年のNHK大河ドラマ「天地人」は、直江兼続の生涯をテーマにし て放送しているが、八王子城の攻防は小田原城開城の直前の戦いであり、 直江兼続も参陣していた。この後、戦国大名後北条氏は滅亡した。
 僅か18時間で落城した八王子城。本書では、その合戦の様子を鳥瞰 図を用いて時時刻刻と細かに解説している。また、第三陣(章)では氏 照と兼続を「不思議な因縁」と題し、両者の誕生から八王子城の合戦ま でと関連年表も比較して紹介している。

◆『小田急線沿線の1世紀』
鎌田達也著 生方良雄監修 世界文化社発行 2009 年 [K21/97]

 昭和2年(1927)4月1日に小田急電鉄の前身である小田急急行 電鉄が開通した。現在も通勤、通学と多くの人達に利用されている。あ の白い車体に一本のブルーのラインはとても清潔感がある。
 また、東京から観光地の箱根へと高速で走る特急ロマンスカーは、子 供だけでなく大人にとっても魅力があり心をときめかせる。 本書では、小田急線の懐かしい沿線ストーリーや特急ロマンスカーの 変遷の他、昭和から平成へ時代とともに移り変わってきた新宿駅から終 着駅の小田原駅までの各駅周辺と、複々線である多摩線・江の島線・箱 根登山鉄道の各駅周辺の景観や歴史を貴重な写真や旧地形図などの資料 とともに1 駅ずつ紹介している。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者 出版者 出版年 請求記号
未来をつくろう!図書館で神奈川の図書館を 考えるつどい読書工房2008 K01/159
安居院庄七若槻武行東京六法出版2009 K157/646
日本で一番不況に強い男瀧澤中中経出版2009 K157/647
日蓮中尾堯創元社2009 K18.4/331
西さがみ女性の歴史服藤早苗夢工房2009 K21.7/43
小田急線沿線の1世紀鎌田達也世界文化社2009 K21/97
三浦党盛衰記多々良四郎多々良四郎1971 K24.3/30
吾妻鏡と中世都市鎌倉の多角的研究五味文彦[五味文彦]2006 K24.4/262
決戦!八王子城前川実揺籃社2009 K24.98/37
吾妻鏡 6五味文彦吉川弘文館2009 K24/428/6
湯山学中世史論集 1湯山学岩田書院2009 K24/447/1
江戸時代の古文書を読む ペリー来航竹内誠東京堂出版2009 K25.1/65
横浜今昔散歩原島広至中経出版2009 K26.1/164
ふるさと鎌倉郷土出版社2009 K26.4/14
小栗上野介市川光一みやま文庫2004 K28.31/113
小田原まちあるき検定小田原まちづくり応援団ゴマブックス2009 K291.7/68
箱根 2010昭文社2009 K291.85/262/2010
甲州街道を歩く山口徹吉川弘文館2009 K291.98/202
タマケン。知のミュージアム多摩・ 武蔵野検定公式テキスト学術・文化・産業 ネットワーク多摩ダイヤモンド社2008 K291.98/203
多摩の歴史遺産を歩く十菱駿武新泉社2009 K291.98/204
地域CSRが日本を救う影山摩子弥敬文堂2009 K33.1/166
消えた横浜娼婦たち檀原照和データハウス2009 K36.1/411
1950年代と地域社会森武麿現代史料出版2009 K36.7/43
「未熟もの」としての教師松本健嗣農山漁村文化協会2009 K37.8/2
フィールドワーク陸軍登戸研究所旧陸軍登戸研究所の保存を求める川崎市民の会平和文化2009 K39.21/23
医者がすすめる専門病院 神奈川県中村康生ライフ企画2009 K49/194/2009
都市づくり戦略とプロジェクト・ マネジメント岸田比呂志学芸出版社2009 K51.1/210
水恩の人小林孝雄出版文化社2000 K51/468
湘南の名建築旧モーガン邸はこうして 残った旧モーガン邸の本 編集グループ旧モーガン邸を 守る会2007 K52.52/12
ジェイ・H・モーガン水沼淑子関東学院大学出版会2009 K52/132
吊掛讃歌 5片野正巳ネコ・パブリッシング2009 K54/27/5
Yokohama ships 150山本聰文芸社2009 K55.1/46
ヨコハマ伊勢佐木町復活への道山田泰造日本経済新聞出版社2009 K67.1/325
横浜元町オザワ洋装店物語島岡圭子思想の科学社2009 K67.13/47
横浜市電 上岡田誠一ネコ・パブリッシング2009 K68.1/305 1
港町から 第2号「港町から」編集委員会街から舎2009 K68.3/19
小田急の駅今昔・昭和の面影生方良雄JTBパブリッシング2009 K68/463
アートボランティア横浜スタイル美術出版社2009 K70/69
大倉陶園二十五年譜紀大倉陶園大倉陶園1944 K75.1/1/25
大洋ホエールズ誕生前!佐竹敏之文芸社2009 K78.1/158
Tricolore 2009 summer朝日新聞出版2009 K78/241/2009‐1
ジロ・ディ・箱根エンゾ・早川双葉社2009 K78/248
山上宗二記五島美術館五島美術館1995 K79/35
山本周五郎最後の日大河原英與マルジュ社2009 K91.1/95
建具職人の千太郎岩崎京子くもん出版2009 K97.1/237
かわさきの文学 [2009年]かわさき文学賞の会審美社2009 K97.21/31/2009
風のかなたへ伊藤玄二郎かまくら春秋社2009 K98/63

コラム・開港・フォーカス ~150年前のかながわ14~

 安政6年6月28日  生糸貿易の始まり 

 開港とともに横浜本町界隈には、中居屋重兵衛、芝屋、穀清、備前屋、明林堂などが外国人を相手とする店を開いていた。安政6年(1859)6月28日、入港した商船から上陸してきたのが英国商人イソリキである。彼は弁天通の芝屋清五郎の店で甲州島田造生糸六俵(1俵=9貫匁=34キロ)を一斤(160匁・600グラム)につき一分銀五個(4枚で小判1枚[1両]=現在の貨幣価値に換算すると6万円から10万円)で買った。これが生糸貿易の始まりといわれている。
 生糸は1840年代から、仏国で蚕に微粒子病が発生したために原料生糸が減少し、世界で生糸が必要とされる中、開港と同時に海外に輸出される重要貿易品となった。
 以来、横浜は生糸輸出港としてわが国の経済を支え国際港として発展してきた。

【参考文献】

『横浜近代史総合年表』 松信太郎 編 有隣堂 発行 1989年 [K21.1/38]
『横浜と絹の百年』 横浜生絲取引所 編 創造社 発行 1994年 [K63.1/34]
『神戸・横浜開化物語』 神戸市立博物館 編集・発行 1999年 [K26.1/127]


コラム・かながわ あの人・この人

白井鳥酔(しらい ちょうすい/1701~1769)

上総(現千葉県)国埴生郡地引の旗本知行所の郷代官を務める家に生まれる。本名は喜右衛門信興。号は西奴・鳥酔・鴫立庵・松露庵・百明房(台)・松原庵・三斛庵・落霞窓・露柱庵・金龍庵・牧羊など。享保11年(1726)に弟に家督を譲り、剃髪して江戸に出る。佐久間柳居の門に入り俳諧に専念する。葛飾に三斛庵、伊勢松坂に一葉庵、神田に蕗霞窓、上総地別に露柱庵、品川に松原庵、日本橋に松露庵をひらき、俳諧復興の先駆けとなった。
 延享2年(1745)秋に箱根塔ノ沢一の湯に湯治で滞在。
 明和3年(1766)二世庵主朱人没後30年以上不在だった相模国大磯の鴫立庵に入庵。俳諧道場の主任として指導に当り、その後三世庵主となる。晩年は鴫立庵で過ごした。  明和6年(1769)4月に母の50回忌のために故郷に帰り、そのまま鴫立庵に戻ることなく江戸にて没する。享年69歳。墓は品川区鮫洲の海晏寺。千葉県長生郡長南町地引の正善寺に分骨墓がある。

【参考文献】

『鴫立庵記』 山路閑古著 鴫立庵 発行 1974年 [請求記号:K93.61/36]
『鴫立庵』 大磯町教育委員会 編 大磯町観光協会 発行2007年 [請求記号:K06.61/23A]
『神奈川県百科事典』 神奈川県百科事典刊行会 編 大和書房 発行 1983年 [請求記号:K03/1/1A]