かながわ資料室ニュースレター第12号(2009年6月発行)

新着資料から

◆『野の学びの史譜 ―後藤総一郎語録―』
常民大学「野の学びの史譜」編集委員会 梟社発行 2008年  〔K28/376〕
 後藤総一郎氏は日本政治思想を専門とする学者であり、柳田国男の研究者でもあった。その二つの延長線上に、野の学びの場「常民大学」という民間の学問の場を創り、暮らしの形を見る学問を追求していた。 故郷の長野県南信濃村をはじめ、茅ヶ崎や鎌倉など全国に常民大学を開設し、生活者の学問を実践した。
 没後5年経つ現在も継続して各地で常民大学の活動を展開する人たちが、自らの学びと生き方に影響を受けた著作や言葉の数々を「後藤総一郎語録」として編集している。

◆ 『シルクセンター国際貿易観光会館』 ―50年のあゆみ―
財団法人シルクセンター国際貿易観光会館50年のあゆみ 編集委員会 編集・発行 2009年 〔K68.1/184/50〕  
横浜が安政6年(1859)に開港すると、世界的に品薄状態であった生糸は、日本最大の重要輸出品のひとつとして取引された。神戸港で生糸輸出が始まるまで横浜は生糸貿易を独占し、わが国の経済発展を支えていた。このように横浜はシルクと縁が深い都市である。
シルクセンター国際貿易観光会館は開港100周年事業として昭和34年(1959)に山下町の英一番館の跡地に開館し、今年50年目を迎えました。本書は、同会館の創設や運営と、シルク博物館設置も含めた事業計画、そして開館当時から数多く開催した特別展、企画展や行事等の状況が紹介されている。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者 出版者 出版年 請求記号
二宮尊徳の遺言長沢源夫新人物往来社2009 K157/ 645
東国の中世遺跡橋本澄朗随想舎2009 K23/ 53
吾妻鏡 5五味文彦吉川弘文館2009 K24 /428/ 5
室町幕府東国支配の研究江田郁夫高志書院2008 K24 /445
日本を救う道を求めて杉原淳現代図書2009 K28.1/ 561
源氏将軍神話の誕生清水眞澄日本放送出版協会2009 K28.4 /117
東西豪農の明治維新渡辺尚志塙書房2009 K28.64 /27
野の学びの史譜常民大学『野の学びの史譜』編集委員会梟社2008 K28/ 376
これでいいのか横浜市小森雅人マイクロマガジン社2009 K291.1/ 253
工場猫物語三島正河出書房新社2009 K291.2 /15
新百合ヶ丘の本ミスモ編集部インクルーブ2005 K291.21/ 156
るるぶ鎌倉 ’09~’10JTBパブリッシング2009 K291.4 /400 /2009/2010
鎌倉の森台峯関戸勇岩波書店2009 K291.4/ 399
東海道 其の1落合恵子(1960~)ポトス出版2009 K291/ 744
鎌倉・湘南・三浦自転車散歩マップ自転車生活ブックス編集部ロコモーションパブリッシング2009 K291/ 746
鎌倉・横浜がわかる事典深光富士男PHP研究所2009 K291/ 747
多喜二の時代から見えてくるもの荻野富士夫新日本出版社2009 K31 /661
世界に飛躍したブランド戦略藤井信幸芙蓉書房出版2009 K33/ 165
学校間評価横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校学事出版2009 K37 /909
授業力向上の鍵横浜市教育センター時事通信出版局2009 K37.1/ 312
小学校受験事典 2010年度版ぶんか社2009 K37/ 875/ 2010
各教科等における「言語活動の充実」とは何か横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校三省堂2009 K37/ 908
公共工事発注情報 2009日本工業経済新聞社日本工業経済新聞社2009 K51/ 256/ 2009
The whisky world vol.20プラネットジアースプラネットジアース2009 K58 /77
原辰徳-その素顔-今井美紀三修社2009 K78 /245
横浜少年物語紀田順一郎文藝春秋2009 K91.1/ 94
ハマの風富貴楼お倉物語樋口いく子幻冬舎ルネッサンス2009 K97.1 /236
十六夜日記阿仏尼勉誠出版2009 K99 /74

コラム・開港カウントダウン ~150年前のかながわ12~

 安政6年6月2日 神奈川開港 

 米公使ハリスは安政6年(1859)4月末に下田を発ち、ミシシッピー号に乗艦し長崎から香港へ旅行していたが、横浜開港に備え、安政6年6月1日に神奈川在住領事ドーアと共に神奈川(横浜)入港した。翌2日、修好通商条約に基づき幕府は神奈川(横浜)を箱館と共に開港する。
開港当日にはオランダ船シラー号が入港したが、ハリスのミシシッピー号と共にハード商会のワンダラー号が前日に入港している。手続きは、翌日の開港初日に行われたと思われる。また、英国総領事オールコックは開港地横浜を2日から4日まで視察している。
今日のような記念行事はなかったが、5日(陽暦7月4日)はアメリカ独立記念日ということで湾内に停泊する船に星条旗が掲げられた。ハリスを始め、領事館員らはシャンパンを抜き合衆国国歌を合唱したが、開港を祝ったものかははっきりしていない。

【参考文献】

『図説・横浜の歴史』 図説横浜の歴史編集委員会編 横浜市市民局市民情報室広報センター 1989〔K21.1/34〕
『横浜もののはじめ考』 横浜開港資料館編・発行 1988年〔K26.1/71〕
『維新史料要綱 巻三』 東京大学史料編纂 東京大学出版会発行 1983年〔県立210.5/44/3〕


コラム・かながわ あの人・この人

~第33代横綱 武蔵山 生誕100年~

武蔵山 武(むさしやま たけし/1909~1969)

 神奈川県出身力士で、唯一の横綱である武蔵山は、本名を横山武(よこやまたけし)といい、明治42年(1909)に横浜市日吉村(現横浜市港北区)の農家に生まれました。大正14年(1925)に16歳で出羽海部屋に入門し、初土俵は大正15年(1926)初場所でした。そして、初土俵から僅か7場所で入幕し、関脇を飛びこえて異例の大関昇進をとげました。新大関で活躍し、筋骨たくましい身長と近代的風ぼうはファンを熱狂させました。昭和6年(1931)5月僅か21歳5ヶ月で初優勝を果たし、昭和10年5月に第33代横綱となりました。しかし、横綱昇進が決まってから右ひじの骨折の傷が再発し、在位13場所中皆勤は1場所だけでした。
 昭和14年12月に引退し、年寄不知火を襲名。
昭和44年3月15日に逝去、墓所は横浜市緑区金蔵寺にあります。
後援会誌『武蔵山』と「武蔵山関と編集者飯田九一氏」

【参考文献】

『神奈川県史 別編1 人物』神奈川県編集・発行 1983年〔K21/16-4/1〕
『武蔵山』―創刊号― 武蔵山編集部・発行 1931年〔K78.1/41/1〕
『古今大相撲力士事典』景山忠弘・小池謙一 編著 国書刊行会発行 1989年〔県立788.1/151〕