かながわ資料室ニュースレター第11号(2009年4月発行)

新着資料から

『鎌倉の馬の骨』
芝田英行著 どうぶつ社発行 2008年[K48.4/16]
 近年、浜辺に漂着する漂着物をひろい収集する「ビーチコーミング」が注目されるようになり、「漂着物学」という学問的なジャンルも設定されている。この漂着物の中でも特に、動物遺体(骨)に注目して調査・分析したのが本書。
 小さい頃から足もとを見て歩くことが好きで、長じてからは、考古学、なかでも動物遺体(貝殻や骨)の分析を専門としてきた著者が、ある日、鎌倉の海岸で大量の動物遺体の漂着物を採集したのが、本書をまとめるきっかけになったという。武士とのかかわりの深い鎌倉という地域性から、特にウマに注目し、著者本来の考古学の知識を駆使して分析。中世遺跡との関連を考察した「動物遺体学」ともいうべき意欲的な取り組みとなっている。

『砂村新左衛門-江戸時代初期、新田開発に生涯を捧げた-』
 溝手 正儀著 とびら出版発行 2008年 [K28.1/560]  
 横浜の吉田新田、横須賀の内川新田のほか日本各地を干拓した江戸時代の土木技術者・砂村新左衛門については、江戸の大火によって資料が散逸し、長らく謎とされてきた。この砂村新左衛門の生涯について初めて明らかにした本書は、前半でその生涯を物語風に、後半ではいくつかのエピソードを、立証しながら論文風にまとめ、その人物像を浮かび上がらせている。
なお、参考としたおもな古文書の翻刻や複製も併せて収録され、資料に立脚した調査の足跡も知ることができる。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者 出版者 出版年 請求記号
鎌倉国宝館論集 第10鎌倉国宝館鎌倉市教育委員会1966K06.4/1/10
大磯のすまい 第一輯
大磯町文化財調査報告書
大磯町教育委員会大磯町教育委員会1992K06.61/1/37
日記・書簡・仕法書・著作から見た二宮金次郎の人生と思想二宮康裕麗澤大学出版会2008K157/644
五百羅漢大本山建長寺大本山建長寺2003K18.4/330
一遍上人の念仏思想と時衆橘俊道橘俊道先生遺稿集刊行会1990K18.52/104
鎮護国家の大伽藍 武蔵国分寺福田信夫(1951~)新泉社2008K18.98/49
松山高吉溝口靖夫松山高吉記念刊行会1969K19.1/190
植村正久論考大内三郎新教出版社2008K19.1/191
植村正久大内三郎日本基督教団出版局2002K19.1/192
志無也久世無志與ネイサン・ブラウン新教出版社2008K19.1/193/1
ネイサン・ブラウンと『志無也久世無志與』川島第二郎新教出版社2008K19.1/193/2
日本基督教会横浜海岸教会史年表 Ⅰ井上平三郎改革社1982K19.13/35
日本基督教団鎌倉教会七十年の歩み日本基督教団鎌倉教会 1967K19.4/24/70
蒙古襲来 週刊新説戦乱の日本史 小学館2008K24/441
相模国盗り物語 週刊新説戦乱の日本史 小学館2008K24/442
幕末動乱浅田勁神奈川新聞社2008K25.3/19
慶応戊辰小田原戦役の真相石井啓文夢工房2008K25.7/48
おもろ遠眼鏡 かなしん150選書横浜開港資料館神奈川新聞社2008K26.1/160
西多摩今昔写真帖 郷土出版社2004K26.98/43
八王子・日野今昔写真帖野口正久郷土出版社2004K26.98/44
岸田吟香岩崎栄新興亜社1941K28.1/558
岸田吟香日記 近代日本学芸資料叢書第七輯岸田吟香湖北社1982K28.1/559
砂村新左衛門溝手正儀とびら出版2008K28.1/560
モ-ス研究 第7号モ-ス研究会モース研究会1993K28.52/13/7
藤間善一郎野崎薫茅ヶ崎郷土会1971K28.53/38
エリー岩本えり子講談社2008K28.53/39
資源小国のエネルギー産業橘川武郎芙蓉書房出版2009K28.7/122
展望の山50選〈関東編〉藤本一美(1947~)東京新聞出版局2008K291/743
平塚附近の史蹟 第二海軍火薬廠1941K291.62/60
曽我の里郷土誌曽我一義石橋印刷1992K291.7/67
麻布大学九十年史 麻布獣医学園1980K37.54/146
鶴見の田祭り 鶴見田祭り保存会1988K38.11/14
ひらつか七夕30年のあゆみ平塚七夕まつり実行委員会 1981K38.62/35
かながわの自然観察おもしろ絵日記佐藤恭子(1950~)神奈川新聞社2009K46/40
鎌倉の馬の骨芝田英行どうぶつ社2008K48.4/16
殺人罪に問われた医師 川崎協同病院事件矢澤曻治現代人文社2008K49.21/37
北里大学医学部三十年史北里大学医学部北里大学医学部2001K49.54/10
国立療養所神奈川病院創立50周年記念誌国立療養所神奈川病院創立50周年記念誌編集委員会 1989K49.63/22
OURS:居住都市メソッド横浜国立大学大学院INAX出版2008K51.1/209
復興記念横浜大博覧会鳥瞰図 復興記念横浜大博覧会1935K60.1/73
鶴見工場復興披露日清大会記念写真帖日清製粉日清製粉1936K60.11/1
川崎産業観光読本川崎産業観光振興協議会 2007K60.21/17
横浜生糸検査所概要[昭和12年9月1日現在]横浜生糸検査所横浜生糸検査所1938K63.1/38
生糸及撚糸売買ニ関スル慣習及国際規約典農林省横浜生糸検査所1934K63.1/39
かながわ定食紀行 かもめ文庫今柊二神奈川新聞社2008K67/231
小田急おもしろ運転徹底探見生方良雄JTBパブリッシング2009K68/458
営業報告書 第8、9、12回鶴見臨港鉄道鶴見臨港鉄道1928-30K68/459
バス新型車両コレクション 交通新聞社2009K68/460
鎌倉時代造像論塩澤寛樹吉川弘文館2009K71/31
Tricolore 2008冬号 朝日新聞出版2008K78/241
監督と大学駅伝生島淳日刊スポーツ出版社2008K78/243
箱根駅伝パーフェクトガイド読売新聞社読売新聞社2009K78/244
文字のしるべバジル・ホール・チェンバリン勉誠出版2008K81/48
横浜の文士たち笠原實(1930-)公孫樹舎2008K90.1/74
緑雨遺稿 近代日本学芸資料叢書第七輯斎藤緑雨湖北社1982K99.7/18

コラム・開港カウントダウン ~150年前のかながわ11~

安政6年3月初 横浜開港場建設着手 

 安政6年に入ると、開港場の市街地建設が本格的に進められました。この時幕府は、広く工事内容を公開し入札によって請負業者を決定しました。まさに国による大規模な公共事業だったのです。落札人決定の記録が確認されている最初の工事は戸部村の役所宅、野毛浦子の神後の役宅、横浜運上所の各地ならし、および戸部村平台向役宅のもので、これが3月9日でした(「村垣淡路守公務日記」)。この後工事は急ピッチで進められ、開港直後には予定していた建設計画がほぼ完成していたと云われています。同年4月10日の外国奉行による上申によれば、開港場建設に投じられた予算は約9万2000両とされていますが、実際にはこれを上回る額が投じられたようです。

【参考文献】

「村垣淡路守公務日記」(『大日本古文書 幕末外国関係文書』付録之6 東京大学出版会発行[210.08/3-2/6])
『横浜市史 第2巻』横浜市編集・発行 1959年 [K21.1/4/2]
『神奈川県史 通史編3近世(2)』神奈川県編集・発行 1983年 [K21/16-3/3]
『神奈川県史 資料編10近世(7)』神奈川県編集・発行 1978年 [K21/16/10]


コラム・かながわ あの人・この人

直木 三十五(なおき さんじゅうご/1891~1934)

直木三十五は、大阪の古物商の長男として生まれました。その波瀾に富んだ人生は43年という短いものでしたが、雑誌記者、出版事業、映画製作、作家など多彩な活動に取組みました。作家としては、当初ゴシップ作家として名を馳せ、雑誌に多くの小文を寄せましたが、昭和5年には「南国太平記」によって一躍流行作家の地位を確固たるものとしました。これを機に、次々と新聞連載を手がけ、気力も充実して作家としての最盛期を迎えた直木でしたが、同時に病に蝕まれていきました。
 病勢がつのるなか、昭和8年末には神奈川県の富岡(現在の横浜市金沢区)に自身の設計によって建てた新居に移り、昭和9年の正月はここで迎えますが、2月には入院、そして同月24日にはその短い生涯を閉じました。富岡の邸跡には後年、大佛次郎の呼びかけで横浜ペンクラブにより記念碑が建立されています。記念碑に刻まれた「芸術は短く貧乏は長し」の言葉は、直木自身の筆跡によるものです。

【参考文献】

『近代文学研究叢書36』昭和女子大学近代文学研究所発行 1972年[K91/13/36]
『直木三十五入門』福山琢磨編 植村鞆音監修 新風書房発行 2005年 [K91/94]
『神奈川県史 別編 人物』神奈川県編集・発行 1963年 [K21/16-4-1]