かながわ資料室ニュースレター第10号(2009年2月発行)

新着資料から

『横浜線百年』
サトウマコト著 230クラブ発行 2008年 [K68/455]
 横浜線は明治41(1908)年9月、私鉄の「横濱鐡道」として蒸気機関車が牽引する貨物列車で開通し、昨年100周年を迎えた。本書はこれを記念して、横浜線開通から現代までをまとめたもの。
 横浜線にまつわる歴史や、沿線の地域社会の様子、開通当時の世相なども触れられ、横浜線開通当初の様子がよくわかる内容となっている。また、電化や複線化などの経緯も新聞記事などを追いながら詳細に解説される。
 本書執筆のための資料収集では、先に刊行された『神奈川県の鉄道関係新聞記事抄録』(相模原市 佐藤進一)によるところが大きかったという。また、このほかにも郷土史家や地域の人々との交流の中で、多くの資料や情報を得ることができたと著者自ら本書のあとがきで語っており、地域に根ざした1冊である。

『横浜タイムトリップガイド』
 横浜タイムトリップ・ガイド制作委員会編 講談社発行 2008年 [K291.1/252]  
 本書は、横浜を題材にした作品を多数発表している山崎洋子氏を中心に、横浜の歴史・文化に興味を持つメンバーが集まり、1年半にわたる調査・執筆作業を経て刊行された。開港以来の歴史をテーマとしているため、取り上げるエリアは中区を中心に、関内、伊勢佐木町、山下町・中華街・元町、山手・本牧・根岸となっている。
 ”「『横浜市史稿』受け売り並びに孫引き禁止法」を適用(斉藤多喜夫)”という姿勢のもと、専門家の助言を得て編集された本書は、歴史に関しては素人のメンバーによるものとしながらも、文献や史料を丹念に調べてまとめられている。また、地図は同じエリアのものを、3つの時代に分けて掲載しており、変化の様子が分かりやすいように工夫されている。

かながわ資料室の新着資料

かながわ資料室の新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著 者 出版者 出版年 請求記号
杉山報徳社紀要 [昭和15年]大日本報徳社1940 K157/241/40
富士・大山信仰西海賢二岩田書院2008 K17.64/54
西多摩神社誌東京都神社庁西多摩支部1983 K17.98/27
南多摩神社誌八南神職会1979 K17.98/28
渡辺玄宗禅師記録覚渡辺玄宗総持寺1989 K18.11/54
大拙の風景 新編増補岡村美穂子燈影舎2008 K18.4/271A
覚園寺木造薬師三尊木造十二神将立像修理報告書美術院覚園寺1974 K18.4/326
建長寺法堂保存修理工事報告書文化財建造物保存技術協会建長寺法堂保存修理委員会2002 K18.4/327
長勝寺法華堂修理工事報告書長勝寺長勝寺1973 K18.4/328
建長寺法堂天井画「雲龍図」建長寺2002 K18.4/329
大雄山大雄山最乗寺開創六百年奉讃事務局1994 K18.81/39
横浜開港と宣教師たち 有隣新書横浜プロテスタント史研究会有隣堂2008 K19.1/189
文覚上人と大威徳寺相原精次彩流社2008 K23.4/16
戦国の房総と北条氏黒田基樹岩田書院2008 K24.39/26
横浜の近郊吉田町の研究高橋ヒデ子アトム2008 K26.13/14
覚園寺文書目録文化庁文化財保護部美術工芸課1985 K27.4/36
川又貞次郎の追憶相模鉄道1961 K28/375
名人を夢みて森内俊之小伝椎名龍一日本放送出版協会2008 K28.1/557
尼将軍北条政子童門冬二PHP研究所2008 K28.4/116
横浜タイムトリップ・ガイド横浜タイムトリップ・ガイド制作委員会講談社2008 K291.1/252
ふるさとは語る 柿生・岡上のあゆみ柿生郷土誌刊行会1989 K291.21/155
すずちゃんの鎌倉さんぽ海街オクトパス小学館2008 K291.4/398
でっか字神奈川横浜・川崎便利情報地図昭文社2008 K292/197
日本商工業別明細図 神奈川県相模原市東京交通社1958 K292.54/22
てらこや教育が日本を変える森下一成文堂2008 K37.4/142
私(わたし)の第七艦隊日高義樹集英社インターナショナル2008 K39/100
日本地方地質誌 3日本地質学会朝倉書店2008 K45/261
鎌倉広町の森はかくて守られた鎌倉の自然を守る連合会港の人2008 K51.4/22
倉庫安川千秋ワールドフォトプレス2008 K52.1/113
神奈川農協三十年史神奈川農業協同組合1978 K61.12/2
相模大野農業協同組合史相模大野農業協同組合史編纂委員会1980 K61.54/33
秦野たばこ史井上卓三専売弘済会1978 K61.63/34
秦野たばこ試験場五十年史日本専売公社秦野たばこ試験場1952 K61.63/35
なんぶ 第1号-第36号横浜南部中央市場水産仲卸協同組合1977 K67.1/324
小田急バス・立川バスBJエディターズ2008 K68/454
横浜線百年サトウマコト230クラブ2008 K68/455
今よみがえる昭和30年代の相模鉄道天野洋一BRCプロ2008 K68/456
江ノ電ミニチュア散歩野口克也三才ブックス2008 K68.4/47
青い目の人形交流展武田英子国際文化協会1988 K75/55
文豪国木田独歩易風社1908 K90/48
鎌倉記憶帖木村彦三郎鎌倉郷土史料研究会1986 K98/62

コラム・開港カウントダウン ~150年前のかながわ10~

 安政6年2月22日(西暦1859年3月26日) 外国奉行、神奈川を退け横浜を開港することを具申する 

 横浜か神奈川かという開港場をめぐる問題は、ハリスとの交渉が決着しないまま、開港まで約3ヶ月という時期まで来ていました。そこで、開港問題の責任者である外国奉行は2月22日、開港場建設計画について幕府に建議を行い(『大日本古文書 幕末外国関係文書 第22巻』)、たとえ外国人を神奈川に居住させることになっても、日本人は横浜に移住させるべきとの方針を打ち出しました。これは、国内商人らの横浜移住を奨励し人を集めることで、横浜を開港場とする既成事実を積み上げようという期待をもっての方針だったといわれ、実際、横浜に商業機能が集中するように具体的な新道の開発、国内商人用の諸宿の建設などが言及されています。また、この建議に先立つ安政5年12月には幕府が出店奨励の町触れを公布して、商人移住を促す施策をすでにとっていました。
 結果としてこの建議をもとに開港場建設が進められ、既成事実を積み上げようという外国奉行の目論見はみごとに成功したのです。

【参考文献】

『大日本古文書 幕末外国関係文書22』東京帝国大学文学部史料編纂所編集・発行 1939年[210.08/3/22]
『横浜市史 第2巻』横浜市編集・発行 1959年 [K21.1/4/2]
『神奈川県史 通史編3近世(2)』神奈川県編集・発行 1983年 [K21/16-3/3]


コラム・かながわ あの人・この人

大佛 次郎(おさらぎ じろう/1897~1973)

 昨年12月、湯浅誠氏が『反貧困』で大佛次郎論壇賞を受賞したことは、記憶に新しいところです。この賞にその名を冠される大佛次郎は、横浜市出身の作家で、『鞍馬天狗』などの大衆小説のほかノンフィクション、歴史作品など幅広いジャンルで業績を残しました。横浜市英(はなぶさ)町に生まれ、後には鎌倉に在住。また鎌倉高等女学校(現・鎌倉女学院)の教師を務めるなど、神奈川県にゆかりの深い人物です。
 大佛次郎は、郷土の俳人・俳画家飯田九一との接点も見出すことができます。互いに知己を得た時期は不明ですが、大佛次郎が呼びかけた直木三十五の記念碑建立(昭和35年)の際には、九一も協力しています。また、大佛次郎が五姓田義松の墓の場所を知りたい旨、神奈川新聞紙上で呼びかけたところ、これを知っていた九一が早速拓本をとって送ってあげたというエピソードを当時の新聞(神奈川新聞 昭和36年3月7、14日「ちいさい隅」)で知ることができます。

【参考文献】

『神奈川県史 別編 人物』神奈川県編集・発行 1963年 [K21/16-4-1]
「神奈川新聞」昭和36年3月7、14日 [K07/10-1/61-3]