平成28年度「社会・人文系再発見シリーズ」連続講演会 ◆ 講演録

女性活躍からその先へ -男女ともに生きやすい社会をめざして 第1回


「あさが来た!ファーストペンギンの作り方」

  大森 美香氏 (脚本家、演出家、映画監督)
  平成29年2月11日(土・祝) / 神奈川県立図書館 新館4階セミナールーム

【講演概要】

大森氏写真  沢山の方に集まっていただき大変ありがたく思っています。 私は横浜で小・中・高を過ごしました。今日も横浜の友人が数人来てくれています。 最初に脚本家という職業について少し触れたいと思います。脚本というのはドラマ、映画における設計図のようなものです。スタッフとキャストに指針を示すもので、朝ドラの場合は15分が6本、1週間分が1冊の脚本になっています。「柱」が場所、「ト書き」が動きの説明、「セリフ」が役者さんの言葉になります。 「あさが来た」は昨年の4月2日に放送が終わりましたが、実は2月下旬まで脚本を書いていました。脚本執筆が終わった頃から、講演のお誘いをいただくようになり、昨年から10回以上講演をさせていただいていますが、いまだに緊張します。

○「あさが来た」と「広岡浅子さん」のこと
 講演に呼ばれるようになったのは、「あさが来た」のモデル、広岡浅子さんに皆さんが興味を持たれた事が大きいと思います。「あさが来た」は古川智映子さんが書かれた「小説土佐堀川」が原作です。1988年に出版され絶版になっていました。会場の後ろにも県立図書館所蔵の「小説土佐堀川」が展示されています。「あさが来た」のプロデューサーが図書館で見つけてきたのがこの小説でした。 最初に本を読んだ時、浅子さんはなんてワーカーホリックで元気のいい女性だろうと興味を持ちました。朝に見て元気が出るドラマを書きたかったので、浅子さんが主人公ならきっとその通りになると思いました。しかし、朝ドラで幕末を取り上げたことがなかったため、朝からちょんまげ姿を放送するのはどうか、お金を扱うヒロインは嫌われるのではないか等の心配もあり、他の候補作なども検討されましたが、最終的にはめでたく「小説土佐堀川」が原作に決まりました。

○広岡浅子さんと女性の活躍
広岡浅子さんは1849(嘉永2)年生まれです。その4年後に黒船が来航した激動の時代です。 京都の三井家に生まれ、木登りやお相撲が好きな女性でした。当時、女性の自主性を失わせる「三(さん)従(じゅう)(生家では父に従い、嫁しては夫に従い、夫の死後は子供に従え)」という教えが定着していて、女性が学ぶ事は恥であり、外で働くなんてありえないというご時世でした。 17歳の時に大坂の豪商、加島家の広岡信五郎に嫁ぎます。明治維新の混乱から家運の傾いた加島屋を立て直すため、浅子さんはどんなに指を指されても、路頭に迷うよりはと独自に学び、商人の集まりに参加し、生き残る道を探しました。 浅子さんは常に実用にかられ、自分に何ができるかを考えていました。その結果、加島銀行創立や炭鉱経営など、様々な事業を成功させています。 その実感から、「私に出来たのなら、他の女性も出来るのではないか。」と、女性の教育について常に考えるようになっていきました。その後、浅子さんは成瀬仁蔵(1858-1919)さんの著書「女子教育」を読んで共感し、共に女子大学創立を目指します。寄付金だけでなく、政治界の有力者に働きかけ支援しました。1901(明治34)年、日本初の女子大学である日本女子大学校(現在の日本女子大学)が創立されます。

○なぜ浅子さんは活躍できたのか?
 大正時代に発行された「大正評判女番付」で、浅子さんは横綱として登場しています。
対象評判女番付

(今古大番附 七十余類」 東京番附調査会 編 文山館書店(大正12)国会図書館デジタルコレクションより)

 この時代に浅子さんが多くの事業を成し遂げられたのは何故か。資料を調べていくうちに、夫、信五郎さんがポイントになるのではと推測しました。信五郎さんだけでなく、周りの男性のおかげもあったのではないか。加島屋の八代目である信五郎さんの父も、浅子さんの行動を止めなかった。九代目は信五郎さんの弟が継ぐことになるのですが、この弟も義姉浅子の話をよく聞いたそうです。浅子さんの自伝には夫への愚痴も残っていますが、客観的に見るととても仲の良い夫婦だったようです。

○「あさが来た」の男性たち、「あさが来た」の女性たち
 「あさが来た」は、“女性を応援する男性”を描きたいと思いました。
 あさ(波瑠)の夫、新次郎(玉木宏)は、商売の細かい事は番頭任せだが、教養に満ちて粋で優しいという設定です。NHKからは、働かない男性は女性視聴者の評判が良くないのではと心配されましたが、全く別の設定にはしたくありませんでした。
 「小説土佐堀川」という1冊の単行本を半年分のドラマに膨らませるため、細かい設定をキャストと併せて考えました。幼い浅子さんを尊重してくれる祖父、嫁ぎ先の浅子を見守る義父、外の世界で浅子を認めてくれる五代友厚と、史実と創造を織り交ぜて登場人物を作っていきました。
 もうひとつのテーマが「女性の柔らかい心」でした。あさのように外に出て働くだけでなく、女性がどんな生き方をしてもいいという事を登場人物で表したかった。浅子さんも女性が外に出て働くべきだとは一言も言っていません。今いる場所で、今ある事をきちんと成す事が美しいという考え方は絶対に間違っていないんです。あさが外に出ていけたのは、そのような人がいたからだと思います。
 伝統ある両替商に嫁いだものの明治維新の混乱を受けてしまった浅子さんの姉が、もし浅子さんと違う幸せを掴んでいたとしたらという希望をこめて今井はつというキャラクターを作りました。誰かのために生きることに生きがいを見出す女中のうめ、男性の庇護を受けながらも強く自分の道を進む三味線の師匠美和、求められた所に嫁ぎ幸せをつかむ女中のふゆ、子どもを多く生み育て家を支えたあさの娘千代、加島屋で働きながら学び、のちに日本女子大学の校長となった田村宜。このようにあさを取り巻く男性と女性を配し、「あさが来た」の世界を作っていきました。

 浅子さんは家の外でも中でも、勉強して常識や世界を知って社会と繋がっている事が大切だと言っています。学校には行かせてもらえなかった浅子さんでしたが、三井家でお裁縫やしつけをしっかり教わっています。家政学の大切さもドラマの中で伝えたい事でした。
 浅子さんが成瀬仁蔵氏と共に創立に関わった日本女子大学には家政学部があります。
 成瀬さんは、家政とは生活の質の向上や健康、安全などを追求する実践的な学問であるとし、それを学んだ女性こそが社会を豊かにするとおっしゃっています。この言葉に私はとても感動しました。高校生の頃は、「なぜ男子大学はないのに女子大学があるのだろう。」と疑問でした。成瀬さんの話を聞いて、女性の多様な世界のひとつが女子大学であると考えれば、それはとても有難い事だと思いました。
 成瀬さんは以前牧師さんでもありましたので、明治期の三従の時代、女性を人として認める意識に変化させていく過程において、キリスト教も大きな力を貸してくれていたのではないかと推測します。

講演中の写真 ○男女共同参画について
 「あさが来た」の執筆が終わってから、講演イベントのお話をいただくようになりました。その中でも男女共同参画にまつわる講演が増えてきました。その中で、経済産業省が東京証券取引所と共同で、女性活躍推進に優れた上場企業「なでしこ銘柄」を選定し発表する取り組みを知りました。
 最初になでしこ銘柄の話を聞いた時、「女性が活躍するのは当たり前なのに、なぜ表彰するんだろう。」と不思議に思いました。しかし、このイベントのシンポジウムに参加し、色々な企業の方の話を聞いていくうちに、女性の働く環境は、あさの時代から格段に良くなっていると思いこみたかったけれど、やっぱりそうではないという事を改めて感じました。
 現在、女性の職場環境に企業が責任を持つという考え方がようやく少しずつ浸透してきていますが、それでも明治以前から続く「男が働くのが当たり前」「女性は家事子育てをして当たり前」という意識を変えていく事はとても大変なことなのです。
 なでしこ銘柄に認定された企業は、業績が上がるという結果が出ているそうです。神奈川県にも「なでしこブランド」という取り組みがあると県内に住む友人から伺いました。長く続いてきた制度を変えるには、このような実績を少しずつでも見せていく必要があると感じました。
 なでしこ銘柄の企業に就職したい、なでしこブランドを買いたいという人が増えていけば、少しずつでも環境は変わっていくかもしれません。消費者は男女半々ですから、商品認知が上がれば社会も変わってくるはずです。
 あさが少しずつ変えたように、私たちも少しずつ、必要な事を続けていかなければと思います。

○ファーストペンギンの作り方
 ファーストペンギンという言葉は原作本にはありません。恐れずに進んでいける人を表すこの言葉を、浅子さんに使いたかったのです。明治時代に「ペンギン」という言葉が存在しているか分からなかったので図書館で調べました。図書館で調べ物をするのが好きなんです。その時、明治時代の教科書にペンギン(ペンジュン)の記述を見つけました。見識深い五代さんなら、ペンギンの存在を知っていてもおかしくないと思い、作品に登場させました。
 日本男性の育児参加率は世界的に見ても大変低いと言われています。男性を責めている訳ではなく、家庭の事は女性が行うという教育を明治以前からずっと受けてきたためです。私にも5歳の女の子がいますが、つい「女の子でしょ」と言ってしまいます。男と女、2つに分けると楽だから自然に使ってしまいますが、性差を強要している場合もあります。働きたくない男性もいるし、家事が苦手な女性もいる。
 この事は、私達の時代から、私達の周りから変えていくしかなく、義務教育や家庭内の教育も重要になってきます。
 この会場に80名の方がいらっしゃいますが、80人いたら、80通りの働き方、接し方、家族のあり方があってもいい。体制や制度を変える事は簡単ではないけれど、個人個人が「これが私の働き方だ」と飛び込んでいかなければ、何も変わりません。
 企業の講演を依頼される機会が増え、感じるのは、企業側も女性の働き方、男性の働き方の多様性が会社の可能性と関わってくるという事に気付き、危機感を持っているという事です。組織としてではなく、一人一人の顔を見て働き方を提供していく事が変化を生むと思います。
 周りの人をよく見ること。どんな事を考えているのか。良いところをひとつでも見つけて、相手の気持ちを想像すること。どんな人でも、ひとりでは生きられません。どれだけ繋がりをつくっていけるかが全ての基本だと思います。
 IT化の影響で、今ある職業の約50%が20年後までに無くなるかもしれないと言われていますが、どんな事があっても対応できる柔らかい心を持つこと、対応できる力のある企業を作っていくことが大切ではないでしょうか。

【質疑応答】
◆主人公が魅力的なほど、対立する子どもが悪く書かれてしまう場合があると思います。大森先生は、あさの娘、千代をどういう思いで書かれたのでしょうか。
→設定は原作を元にしています。浅子さんの娘、亀子さんは女学校を卒業後結婚し、一男四女に恵まれました。亀子さんのお孫さんに話を伺う機会がありましが、大変厳格なおばあさんだったそうです。外で働く浅子さんとは違う価値観を持ちながら、お互いを認め合うような関係性を描きたいと思いました。 千代は学校に行くことで様々な価値観を身に着けていきます。さらに女学校の友達井上秀を登場させ、それぞれの価値観を対比させました。親と子の関係性は難しいというところは、お察しの通りです。

◆脚本家の名前を見てドラマを見ることは少ないですが、大森さんのドラマは楽しみで、『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』や『風のハルカ』等、10年経った今でも強く印象に残っています。どうしたら印象に残るドラマを作れるのでしょうか。
→4分に1回笑わせるようなコメディーが作りたくて「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」というドラマを書きました。主演の長瀬智也さんが大好きで、一緒にドラマを作ることが出来て嬉しかったです。制作現場全体がストーリーに共感し、ひとつになって作品に向かっていることが視聴者に伝わり、印象に残るドラマになってくれたらいいなと思います。

◆あさが相撲をとるという発想はどこから生まれたのですか?
→実際に浅子さんは丁稚達と相撲をとっていたそうです。言葉だけでなく体で向かっていく、浅子さんらしいエピソードを是非使いたいと思いました。ヒロインオーディションでは相撲のシーンを演じてもらいました。勝った人が受かる訳ではないのですが、現場は白熱したそうです。

◆脚本家は裏方の仕事だと思うのですが、そこでモチベーションを上げたり、生みの苦しみを乗り越える方法があれば教えてください。
→一番パワーになるのは見てくださった方からの反応です。「カバチタレ!」を書いた時、電車で乗り合わせた人がそのドラマの話をしていた時は、話しかけようかと思うほど嬉しかったです。「風のハルカ」を書いた時は、『明日死にたいと思ったけど、ドラマを見るために頑張って起きて見ようと思った。』というお手紙をもらい、責任を感じると共に、大変嬉しく思いました。作品を見た人が喜んでくれたり、感想をくれたり、作品について何かを感じてもらえた、という事の幸せが原動力になっています。

◆また朝の連続ドラマの依頼があったら受けますか?
→是非またやりたいです。

◆『不機嫌なジーン』が大好きでした。男性主演の場合と女性主演の場合、視点の違いはありますか?
→昔は女性が主人公の方が書きやすいと思っていました。年輩の男性の書き方がわからず、喫茶店などで観察していたこともありますが、作品を重ねるうちに男性を書く事が楽しくなってきました。自分の理想を乗せられるという事もありますが、こういう人がいてほしい、というキャラクターへの愛情があれば、男性でも女性でも楽しいです。

◆『あさが来た』では新次郎さんが好きでずっと見ていました。波瑠さんと玉木さんの共演がまた見たいです。次回作の予定や、大河ドラマの予定はありますか?
→波瑠さんや玉木さんとは、是非またご一緒したいです。
『あさが来た』で初めて長い時代物を書いて、面白さに気付きました。今は時代物の小説を書いていて、今年中に書き上げたいと思っています。
皆さんにお知らせしたいような時代や人物、背景が見つけられたら、大河にも挑戦したいです。
今年中に単発のドラマが放送される予定なので、どこかで見つけたらぜひご覧ください。