「小栗上野介の生涯」 坂本藤良著

「小栗上野介の生涯」:兵庫商社を創った最後の幕臣 坂本藤良著 講談社 1987年 
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 小栗上野介(おぐりこうずけのすけ)と聞いても、幕末史に相当の興味がなければ、誰だか知らない方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
 小栗上野介忠順(ただまさ)は、文政10年(1827)直参旗本の跡取りとして神田に生まれ、若くして外国奉行や勘定奉行に取り立てられ、開明派として日本の近代化に努めたものの、薩長に対する主戦論が祟って、慶応4年(1868)隠居後にも拘わらず官軍に斬殺されてしまった悲運の幕臣でした。
 同じ幕臣でありながら、江戸城無血開城の立役者勝海舟がどんな教科書にも載っているのに対し、同時期に活躍した小栗上野介は、安政7年(1860年)日米修好通商条約批准の使節団のナンバー3として大活躍するなど、短期間に数多くの業績を残しながらも、明治維新以後の官軍史観からは全く黙殺され、現在に至ってもなお低い評価のままと言わねばなりません。

 本書冒頭では、使節団一行が首都ワシントンでブキャナン大統領と会見して条約を批准した後、小栗上野介が、本来の渡米目的にはなかったものの、日米の金貨の交換レート交渉のため、持参の天秤を用いて正確に計測し、そして算盤により十進法で素早く計算し、その科学性、客観性、正確性、迅速性にアメリカ側が感嘆した経緯が述べられています。これは、金と銀との交換比率が日米で大幅に異なることにより幕末に日本から金が大量に流出していたことへの危機感から出た行動でした。
 この使節団は、アメリカ差し回しのポーハタン号に乗船していたのですが、その護衛艦が咸臨丸でした。勝海舟はその艦長だったわけですが、実はサンフランシスコまでしか行っておらず(つまりワシントンには行っていない)、しかも艦長とはいえ、同艦の最高司令官は木村摂津守喜毅であり、全行程の3分の2は遠洋航海に長けたアメリカ海軍のブルック大尉が指揮を執り、その間勝は船酔いで船室に閉じこもっていたといいます。「嵐の中を突き進む咸臨丸、これを指揮して日本人初めての太平洋横断を成し遂げた勝海舟」という明治政府が作り上げたイメージとは大きな違いですね。
 小栗上野介の業績は、これだけにとどまらず、アメリカでの造船所見学や鉄道乗車体験などを踏まえ、帰国後、海軍力の強化や近代化を目指すようになります。勘定奉行や外国奉行に登用されたかと思うと免職されたり辞職したり、また登用されたりと、浮き沈みの激しい経緯をたどりますが、この近代化構想の集大成が横須賀製鉄所(後の造船所)の建設開始です。外国から艦船を買い入れるのではなく、自国で製造しようというこのプロジェクトは、親友で一時外国奉行も務めた栗本鋤雲(じょうん)の協力のもとに、時の老中を強引に説き伏せ、フランス公使ロッシュを通じてヴェルニーという若い技師を呼び寄せ、元治2年(1865年)当時としては東洋一の規模の近代的工場を建設するものでした。すでに幕府の崩壊を予感しつつ、その後にも役立つプロジェクトを推し進める大局的構想の卓越性は、幕府は滅びても「土蔵付きの売家」が残ればよいという逸話からも窺えます。因みに、勝は「そんな大金幕府にないんだからムリムリ。それより外国から買った方が安い」といって反対したとのことです。
 製鉄所建設の着工後まもなく幕府は滅亡したものの、建設は明治新政府の事業として継承され、その後の横須賀の発展の礎となったのでした。現在横須賀市のヴェルニー公園には、ヴェルニーと小栗上野介の功績を顕彰する胸像が設置されています。さすがですね。
 著者の坂本藤良氏は専門が経営学であり、この横須賀製鉄所建設にあたり、幕府財政が窮乏している中で巨費を捻出した小栗の財政家としての手腕、近代的マネジメント手法の導入など経営者としての功績などにも触れています。
 また、坂本龍馬の海援隊の創設とほぼ同時期に「兵庫商社」という商社を幕府主導で設立しています。この商社は、幕府崩壊に伴い消滅してしまいますが、組織の構成や出資額からみて、筆者は「日本最初の株式会社」という評価をしています。
 その他にもわが国の近代化に向けたさまざまな功績を残し、司馬遼太郎をして「明治の父」と言わしめた小栗上野介ですが、残念ながら『神奈川県史』では「通史編」でも「各論編」でも一度も名が出てきません。小栗上野介と書いてもよさそうなところはすべて「幕府」とのみ記述されています。いつの日か増補改訂があるなら、神奈川県発展の大恩人でもある小栗上野介の正当な評価をぜひ期待したいものですね。
こんな本もあります。
村上泰賢編『小栗忠順のすべて』(新人物往来社 2008年)常置
山本詔一著『小栗上野介と横須賀』(横須賀市企画調整部文化振興課 2007年)常置
小野寺龍太著『栗本鋤雲』(ミネルヴァ書房 2010年)

(「今が旬の小栗ファン」こと県立図書館長)