『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー著

『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー著 野崎孝訳 白水社1984年 資料番号:21142781 請求記号:933/723  OPAC(所蔵検索)
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J.D.サリンジャー著 村上春樹訳 白水社 2003年
資料番号:21595897 請求記号:933.7/152/MM  OPAC(所蔵検索)


 『The Catcher in the Rye』はアメリカ人作家J.D.サリンジャーの代表作としても有名ですが、折しも2019年はサリンジャー生誕100周年ということもあり、1月には日本で伝記映画が公開されました。更に今夏公開となった新海誠監督の『天気の子』での劇中で、主人公の読んでいる本が村上春樹訳の 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だったことでメッセージ性を感じると一部話題にもなりました。

 物語は16歳の主人公ホールデンが4つ目の学校を退学になった後、家に帰らず3日間にわたってニューヨークを放浪したときの話です。世の中で善とされる道徳や公序良俗が大人の建て前や欺瞞に満ち溢れていると感じ、そのような世の中に対し強い嫌悪感を抱き、その反対に子どもの純粋さに対する信奉との間で引き起こされる心の葛藤を表現した作品です。

自分の居場所がどこなのかを探すかのように昔の友人や先生に再会しますが、結局誰と会っても疲労感と孤独感に苛まれたままで、遂に心の救いを幼い妹に求めます。
 16歳の頃に読んでいたら尾崎豊の「15の夜」がBGMで流れてきそうで主人公に共感した部分もあったかもしれませんが、かなり大人になって読むと、思春期の煩悶と苛立ち、背伸びをして大人の世界に入り込むが、対処の仕方が分からず、体ごとぶつかっていってしまう若さゆえの傷つきやすさを感じました。
本作品は原著刊行の翌年、橋本福夫訳『危険な年齢』(1952)として日本で初めて訳出されたのち、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』(1964)、繁尾久訳『ライ麦畑の捕手』(1967)、村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(2003)が刊行されました。現在は野崎孝訳と村上春樹訳が白水社から日本語訳として出版されています。

 作品を読むにあたりどちらの訳者を選ぶか迷うところではありますが、どちらかを選ぶのではなく両方を読み比べてみると、主人公の印象はかなり違って見えました。野崎訳のホールデンは江戸弁のべらんめえ口調からも強さを感じるのに対し、村上訳のホールデンは斜に構えているがどこか育ちのよさを感じるおとなしめの青年が思い浮かぶというように、それぞれの訳者の感性を伺い知ることができます。読み比べてみてはいかがでしょうか?
 
ペンネーム:がんこちゃん