『前川さん、すべて自邸でやってたんですね 前川國男のアイデンティティー』 中田準一著

『前川さん、すべて自邸でやってたんですね 前川國男のアイデンティティー』 中田準一著 2015年 資料番号22807911 請求記号:523.1/144  OPAC(所蔵検索)

 いきなり「前川さん」と言われても、一体どこの前川さんなんだ?と疑問に思いますよね。この本で親しげに「前川さん」と呼ばれているのは、「前川國男(まえかわくにお)」という建築家です。その経歴を眺めると、なかなか「前川さん」とは呼べません。「前川先生」と呼びたくなる、日本建築史に名前が登場する存在なのです。
 そんな前川先生、実は神奈川県立図書館・音楽堂の建築を手がけております。横浜の紅葉ケ丘に県立図書館と音楽堂が建てられてから60年以上が経ち、レトロという表現が似合う存在となりました。県立図書館に勤務し前川建築の中で時間を過ごしていると、遠い未来にこの図書館を訪れる人、働く人のことを前川先生はどんな風に想像して設計したのだろうと思うことがあります。この本には、その疑問に対するヒントがちりばめられていました。

<食べるところにこだわりなさい>
前川建築では、食事をする場所は人々の動き全体が見えるところに設置されることが多いとのことです。神奈川県立図書館・音楽堂にかつて存在したレストランは、二つの建物の間にあるピロティの上にありました。「図書館と音楽堂の両方から入ることができて、この建物に集まってくる人々の動きが一望できる位置にある。」と著者により分析されています。人の流れを眺めるということは、海岸に波が打ち寄せては引いていくという動きを眺めているのに似ていると思います。頭を空っぽにしたり、つらつらと考え事をするのにちょうどよい視覚環境なのではないでしょうか。もしかしたら、前川先生は食べる場所をコミュニケーションの場だけではなく、一人で食事をする人にとっても居心地が良い場となるように考えていたのかもしれません。「食べるところにこだわりなさい」という前川先生の言葉には、食事という行為を大切にするというだけでなく、その環境がすべての人にとって快適であることにこだわるという意味が込められていると思いました。

<主人と使用人の部屋の設えは変わらない>
前川先生は自邸の設計において、「その検討はお手伝いさんの生活様式にまで及んでいたのである。」と説明されています。主人に気を遣う立場にあるお手伝いさんが生活しやすいように水回りなどに配慮しており、その主人と使用人を区別しない姿勢から「人を大事にする建築」を本当に実践していることがわかります。人を立場で分けない姿勢が反映されていると感じる部分が、公共建築である県立図書館の中にもあります。職員しか入らない書庫の階段に色彩のこだわりが表れているのです。来館する人の目には触れない場所へのこだわりは、その建築を訪れる人だけでなく、そこを職場とする人も同等に考慮してくれているのだと思います。

 この本から垣間見える前川先生の人柄と建築に対する数々のこだわりは、前川建築の中で過ごす時間をちょっとワクワクしたものに変えてくれます。前川建築(神奈川県立図書館)の中でこの本を読むという体験もオススメします。

(県立図書館 黒・黄・緑)