『イシ 北米最後の野生インディアン』 シオド-ラ・クロ-バ-著

『イシ 北米最後の野生インディアン』 シオド-ラ・クロ-バ-著 行方昭夫訳 岩波書店 1991 資料番号:20382636 請求記号:389.5Z/104  OPAC(所蔵検索)

 昨年の12月、なんとなしに見ていたテレビ番組で、とある民族の最後の一人になった男性について放送していました。彼が話すのは全く未知の言葉で、更に唯一同じ言葉を話せた男性も亡くなってしまいました。自分の言葉を理解する他者が誰もいないという孤独は、想像を絶します。今あなたが読んでいるこの記事も日本語を使って書かれていますが、遠い未来では、日本語という言語もなくなっているかもしれない。その言語の(あるいは民族の)最後の一人になる恐怖は、どれほどのものでしょう。
 本書は、カリフォルニアの先住民ヤヒ族の最後の一人、イシと呼ばれた男性についての記録です。同著者同タイトルで『イシ 二つの世界に生きたインディアンの物語』という本もありますが、そちらは児童書で、イシの視点から語られる物語となっています。
 著者はイシを保護した博物館の最高責任者アルフレッド・クローバーの妻で、本人も学者です。本書の約半分を占める第一部は先住民族の言語や居住地について、また彼らがいかに追いやられ殺されていったかについて研究者らしい冷静な筆致で解説しています。そして第2部は、母親を失いたった一人になったイシが、白人の世界へ迷い込む場面から始まります。1911年の夏のことでした。
 幸いにも、イシは博物館で見世物のように扱われることはありませんでした。彼は標本の準備を手伝ったり、ヤヒ族の道具を作ってみせたりして、助手として月給をもらいました。そして週に一度、面会を希望する来館者との時間が設けられ、そこでイシは質問に答えたり、火おこしや弓に弦を張る実演を行いました。この時間は必ずクローバー教授が横にいて、言葉を翻訳したり、悪意のある人が近づかないようにしました。
 第一部と違い、第二部は温かみのある文体で、イシと彼が親しくなった人々について語っています。イシへの愛情は、「本書には、クローバー――1959年の時点で生存していたイシの親友の唯一の人物――から新たに聞いておいた、イシに対する情愛のこもった記憶と間違いのない事実を記してある。」(本文より)という記述にもよく現れています。
 イシの物語の影響は多岐に渡り、日本では手塚治虫が本書をもとに「原人イシの物語」という短編を書いています。本書の著者シオド-ラ・クロ-バ-とアルフレッド・クローバーの娘であるアーシュラ・クローバー・ル=グウィンの「ゲド戦記」シリーズにも、イシをはじめとしたアメリカ先住民族の世界観が反映されています。ル=グウィンはエッセイ『夜の言葉』で、「わたしはまた父が、インディアンの伝説を話してくれるのも聞いた。父は被調査者から聞いたとおりのことを、いくぶんゆっくりとした、印象的な英語に直して話してくれた。」と書いており、他人に真の名前を教えてはいけないという「ゲド戦記」の世界観も、最期まで自分の本当の名前を口に出さなかったイシを思い起こさせます。
イシの話すヤヒ語は全く未知というわけではなく、またイシ自身も英語を習得していったので、多くの人が彼と交流し、記録写真等も多数残っています。それがヤヒ族最後の一人であることの孤独を和らげたのかどうかはわかりません。ただ、彼が語ったヤヒの物語や生き方は、世界中で様々な言語に翻訳され、「ゲド戦記」をはじめとした物語の中に取り込まれています。我々はイシの孤独は理解できないけれど、イシの語った物語を、私たちの言葉で読むことができます。是非本書を読んで、永遠に失われてしまったヤヒの世界に思いを馳せてみてください。

(県立図書館:十二国記新刊にはしゃぐファンタジー好き)