『つぶやき岩の秘密』新潮少年文庫6 新田次郎著

『つぶやき岩の秘密』新潮少年文庫6 新田次郎著 新潮社 1972年 資料番号:13157516 請求記号:913/ニa  OPAC(所蔵検索)

『よくわかる新田次郎』 山と溪谷社編 山と溪谷社 2012年 資料番号:22610273 請求記号:910.2/6/3209
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2009年に映画化された小説『劔岳・点の記』や、時代を昭和から現代に置き換えて漫画化され話題となった『孤高の人』(リンクは上巻)の原作者で知られる作家新田次郎。真摯に小説と向き合った作家が書いた子ども向け「冒険探偵小説」、もうそれだけで手に取らずにはいられません。
 神奈川県三浦半島南端の海辺の町に住む小学生紫郎(しろう)が目撃した、男たちの謎の行動、隠された財宝に翻弄された男たちの末路・・・。少年が知ってしまうにはあまりにおどろおどろしい過去は、アジア・太平洋戦争の匂いを漂わせます。
 この小説の舞台となった神奈川県三浦市は、実際に旧日本軍の戦争遺跡が多く存在します。新田は小説『八甲田山死の彷徨』を三浦市三戸浜にある新潮社保養所に籠って書き上げました。そして児童向け小説『つぶやき岩の秘密』も同じ時期・同じ場所で構想が練られたのです。保養所での日課であった日に二度の散歩では、犬の「ふじ」を連れて近隣の道を散策しながら入念な観察を行い、アイディアを膨らませていきました。小説では、三戸浜(みとはま)は富浜(とみはま)と名前を変えて登場します。小説に描かれている(冒険心がくすぐられる)地図は、この辺りの地形と酷似しています。現地調査や取材を何より大切にして小説を書き続けた新田の姿勢は、この児童向け小説にも見出すことが出来ます。
 この物語の面白さは、SF仕立てのストーリーそのものであることはもちろん、主人公の少年紫郎が経験した、ひと夏の成長物語が鮮やかに描かれていることでしょう。緊迫した状況に陥ったときに助けてくれる大人は、もちろん登場します。けれども肝心な場面では、孤軍奮闘せざるを得なくなるのです。新田の児童文学に甘さはありません。しかし、そっと寄り添ってくれる大人たちがいるからこそ、安心して冒険することができるのです。 
 新田にはもう一篇、子ども向けに書かれた科学絵本『きつね火』があります。紆余曲折あって、刊行は昭和47年ですが書かれたのは昭和23年、これが新田の処女作であることは彼のエッセイにも記されています。(一般的には第34回直木賞を受賞した『強力伝』が処女作とされています。)

 山岳小説・歴史小説の大家と言われた新田次郎をもっとお知りになりたい方には、『よくわかる新田次郎』がお薦めです。出版社が「山と渓谷社」であることからも分かるとおり、この本は山好きにも魅力的な一冊です。そしてあなたがもし新田次郎ファンであったなら、必読書です!満州からの壮絶な引き揚げ体験を題材とした、ベストセラー『流れる星は生きている』の著者で、新田次郎の奥さまである“藤原てい”を始め、阿刀田高・司馬遼太郎・福岡伸一・森村誠一などそうそうたる面々が綴った、新田とのエピソードやインタビュー・対談などが集められています。その記録から、新田次郎という人物が浮き彫りにされていきます。
 昭和から平成、そして次へ・・・時代は変遷しても、新田次郎の小説は色褪せることなく、ますます輝きを増していくように思えてなりません。

(県立図書館:紫陽花娘)