『ウォルター・クレインの本の仕事 / 絵本はここから始まった』 ウォルター・クレイン画

『ウォルター・クレインの本の仕事 / 絵本はここから始まった』 ウォルター・クレイン画 青幻舎 2017年 資料番号:22937163 請求記号:726.6/70  OPAC(所蔵検索)

 ウォルター・クレイン(1845-1915)は、19世紀後半に英国で活躍した挿絵画家です。「絵本はここから始まった」と聞いて、みなさんは「もっと昔から絵本はあったのでは?」と思われたのではないでしょうか。

 まずは、エドマンド・エヴァンズ(1826-1905)についてお話をしましょう。ヴィクトリア時代(1837-1901)は挿絵の時代であり、本・雑誌・新聞に挿絵が付いていました。この頃のイラストレーションの複製方法には木版、銅版、石版があり、このうち木版は活字と一緒に凸版で印刷ができる一番便利で安上がりな方法でした。日本の浮世絵で使われる板目(いため)木版(もくはん)ではなく、硬い柘植(つげ)などの木材を年輪が見えるように横に切った木口(こぐち)木版(もくはん)は、板目木版では出せなかった微妙なトーンや陰影を表現できます。彫版師エヴァンズは木口木版の技術の研究を重ね10色以上の多色印刷を可能にしましたが、それに満足せず「美しいカラー印刷の絵本を安く大量につくること」を目指しました。そのためには紙もインクも工程もコストダウンしなければなりません。少ない色数で印刷が潰れずに美しい絵を描ける画家はいないだろうか?
 白羽の矢を立てたのが19歳のクレインでした。デッサン力に優れ、エヴァンズの注文どおりに線描で絵を表現することができたからです。二人は1865年に2冊のアルファベット絵本を出版しました。それまでのアルファベット絵本は「Aはapple」「Bはbee」という調子で1ページに文字ひとつと絵がひとつでしたが、クレインはABCD、EFGなど3~4文字とそれに関係性のある語句を1ページ内に見事にデザインしてみせたのです。しかも全ページカラー印刷で。
 次々と成功を収めてクレインは有名になりました。絵本のシリーズ本の表紙に画家の名前が入ったのはクレインが最初です。左右見開きをひとつの場面としてデザインしたのもクレインが最初です。
 本書のⅠ章「クレインのトイ・ブック ― カラー絵本の始まり」では、子どもの目を引く明るくはっきりとした色合い、文字と絵が一体となった芸術性の高さを見ることができます。クレインはエヴァンズとのコラボレーションにより6ペンスの絵本(現在の価値で500円くらい)を29冊、もう少しサイズが大きめでページ数が多い1シリングの絵本(1シリングは6ペンスの倍)を8冊製作しました。『シンデレラ』や『美女と野獣』の見開きの豪華さには溜め息が出てしまいます。
 他に、ヴィクトリア時代を代表する絵本画家といえば、コールデコット、グリーナウェイが挙げられます。Ⅱ章では、生き生きとした人間や動物を描いたコールデコット、古風な衣装の理想的な子どもたちを描いたグリーナウェイが紹介されています。
 また、クレインは日本美術の要素を取り入れていたことでも知られています。彼は著書『書物と装飾』で「力強い輪郭、平塗りの色(フラット・カラー)、どっしりとした黒の量塊(マッス)を使うようになったのには、(中略)日本の浮世絵版画の影響力が大きかったと思う。」と明かしています。『妖精の船』では港に接岸する船を斜めに配しシンメトリーを崩す大胆な構図が見られますが、このような手法は浮世絵ではしばしば用いられています。また、彼の作品には団扇、屏風など日本的な小物が数多く登場します。Ⅳ章では浮世絵からどのように影響を受けたのか解説されています。
 クレインは名前の頭文字のWとCをあしらい、鶴(クレインは英語で鶴の意味)を中央に配した落款のようなマークを署名代わりに用いました。作品により鶴の向きや意匠が異なっていることもちょっとした見どころです。
 近代絵本の基礎を築いたウォルター・クレイン。ぜひ楽しんでご覧ください。

(県立図書館:お気に入りは『キツネと鶴』)