資料紹介講座「浮世絵にみるヨコハマ」「浮世絵にみる文明開化」を開催しました

 10月21日(土)に「浮世絵にみるヨコハマ」、11月18日(土)に「浮世絵にみる文明開化」と題して資料紹介講座を開催しました。
横浜は間もなく、開港160年を迎えます。これにちなみ明治初頭にさかんに描かれた、「横浜絵(横浜浮世絵とも呼ばれる)」「開化絵」と呼ばれる浮世絵を紹介するこころみです。
講師には、県立歴史博物館の学芸員で、浮世絵を専門に研究されている桑山童奈(くわやま・どな)さんをお迎えしてこれらの浮世絵がなぜ大量に制作されたのか、その価値や魅力について解説していただきました。

 10月21日の「浮世絵にみるヨコハマ」では、横浜浮世絵とはなにかを中心に解説していただきました。版元はどこだったのか、描かれていたものは何か、横浜絵という浮世絵を描いた絵師たちはどのような絵師だったのか、横浜浮世絵の数、横浜浮世絵が参考にしたものはなにか、など横浜開港後に造られた街並みや石造建築物、橋などと、外国人の姿を描いた浮世絵を中心にお話いただきました。

 11月18日の「浮世絵にみる文明開化」では明治5年(1872)の鉄道開業前後、浮世絵に描かれた横浜や神奈川県・東京などの鉄橋や港、鉄道、記念行事、祭り、博覧会の様子などが紹介されました。
 開港期の横浜の姿を今に伝える、「横浜絵」は横浜の風物を実際に取材し、あるいは横浜で製作されたものと思いがちですが、それらは現地取材なしに江戸・東京で製作されたものがほとんどで、物見高い江戸・東京の人々を主なターゲットとして作成されていたものでした。

 横浜は開港を契機として、瞬く間に外国の人々や船が出入りする貿易都市に生まれ変わりました。このことは大きな話題を呼び、文明開化の風俗が人びとの関心の的になっていました。浮世絵界も新しい題材を得て活気づき、五雲亭貞秀(ごうんてい さだひで)、歌川芳員(うたがわ よしかず)、歌川芳虎(よしとら)といった代表的な絵師の他、多くの浮世絵師たちの画題となります。数多く描かれた「横浜絵」は、万延元年(1860)と文久元年(1861)のほぼ2年間でその大部分が描かれたことからも、寄せられた関心が瞬時に高まったことを窺い知ることが出来ます。異国人風俗や肖像、商館、遊郭などの街並み等々、多岐にわたる内容が描かれ、横浜を訪れた人々のみやげの一つとしても人気がありました。そしてこれらは、横浜の発展の様子、この後に続く文明開化の様子を描いた「開化絵」と併せ、当時を知る貴重な資料といえます。

 開港期の横浜の姿を今に伝える、「横浜絵」は800点ほどあるそうですが当館でも数多くの「横浜絵」を所蔵しています。
江戸期の浮世絵は役者絵、美人画、風景画などが主流でしたが、「横浜絵」「開化絵」になると江戸の版画とは色の使い方も違ってきます。明るめの空のもと、赤や青などカラフルな色使いに開化を象徴するような描写が見られること、高名な浮世絵師の二代目、三代目などが描いていることなど、明るい開化絵が誕生していく過程が江戸から文明開化へという急激な変化を表しています。江戸期のしっとりとした情緒から明るい文明開化への変化が浮世絵の世界にも影響しているようです。

 明治になり浮世絵の新しい画題として文明開化の風俗や建築物などが描かれます。特に明治5(1872)年の新橋・横浜間の鉄道開通により、文明開化のシンボルともいえる蒸気車を絵師たちは競って描きました。このような、文明開化によりもたらされた新風俗や洋風建造物を描いた浮世絵は総称して「開化絵」と呼ばれています。
「開化絵」も鉄橋や鉄道などの乗り物、髪型や衣服、祭りや行事、博覧会など江戸から明治へと変わっていく様子が描かれますが、現地を見ずに描く空想画などであることなどから実際にはあり得ない光景が描かれることも結構あったという興味深いお話も聞けました。

 なお2月7日まで「浮世絵にみる文明開化 鉄道開通と明治のにぎわい」を開催中です。
 当館所蔵の鉄道浮世絵を中心に文明開化によりにぎわう街の様子を描いた「開化絵」と関連資料をお楽しみください。※会期中、一部資料の展示替えを行います。ぜひ足をお運びください。

 また、当館ホームページの神奈川デジタルアーカイブでは「横浜絵・開化絵の世界」として82点のデジタル画像がお楽しみいただけます。併せてご覧いただければ幸いです。

(県立図書館調査閲覧課 講座担当)